ネコ好き必見! 雪の新潟で猫にまつわるお寺と神社をめぐる

ネコ好き必見!猫にまつわる神社&お寺を訪ねて雪の新潟へ

なんと「猫瓦」である。まず聞いたことがないよね。わたしも今回初めて知った。
「猫瓦」とは何か?
「鬼瓦」ならわかると思う。屋根の棟の先につけられる装飾瓦で、古い瓦屋根の建築にはつきもの。なぜ「鬼」か。魔除けだ。鬼の形相で魔や厄を除けようというわけだ。今は鬼じゃなくても「鬼瓦」と呼ぶ。

たとえばこんなのだ。次の写真は東京都青梅市にある「天寧寺」の中雀門で使われている鬼瓦。最近では珍しく「鬼」があしらわれている。

東京・青梅市「天寧寺」中雀門の鬼瓦

では「猫瓦」とは?
鬼瓦の一種だが、「鬼」の代わりに、「猫の顔」が描かれているのだそうである。なんと猫!
あしらわれているのは、かわいい猫なのか、化け猫のような異形の猫なのか? そもそもどっからそんな発想が?
猫好き系ITライターにしてときどき猫写真家としては、あまりに気になるではないか。そんな珍しい猫瓦を追って、新潟県まで行ってきた。

1日目:浦佐の普光寺で猫瓦に出会う

東京から上越新幹線で北上し、群馬県と新潟県の県境を貫く深くて長いトンネルを抜け、新潟県に入って二つ目の駅「浦佐」だ。
着いたら雪が舞っていた。まさに「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」(川端康成『雪国』より)である。

JR浦佐駅の外観

「浦佐」といっても、知らない人のほうが多いかもしれない。実はわたしも初めて知った地名だった。地元の方、申し訳ない。
調べたら、越後と関東を結ぶ「三国街道」の宿場町。越後といえば上杉謙信。その謙信の軍勢が関東攻めの際通ったという古い町である。

そんな浦佐の中心が、鎌倉時代の1221年に創建された「普光寺」だ。普光寺境内には平安時代にまで遡る「毘沙門堂」があり、その「毘沙門堂」に目指す「猫瓦」がある。
幸いなことに、毘沙門堂は雪が降っていても問題なくたどり着けるほど駅から近かった。駅の毘沙門口を出て「毘沙門堂」の案内に従って510分歩くと、お寺への参道である。

新潟・浦佐「善光寺」毘沙門堂への案内看板

参道奥、山門のすぐ下、往古は門前町として栄えたであろう一角に、何やら案内地図を発見。

浦佐「善光寺」毘沙門堂の猫瓦の案内図

「猫瓦は、現在、毘沙門堂脇の池の周囲に配置されています」と9個の赤い●があるではないか。目指せ9個の猫瓦だ。

階段を上り、普光寺の山門にたどり着く。素朴ながら凝っている古い山門だ。

浦佐「善光寺」山門前

浦佐「善光寺」山門

1831年に建てられたという山門の下で荷物を置き、雪を払って一息つくと、天井に何やら気配を感じる。見上げてみると龍である。
墨で描かれた見事な龍の天井画だ。

浦佐「善光寺」山門にある日本画家「谷文晁」による「八方にらみの龍」

奥にもちらりと見える龍と合わせて双龍。江戸時代の著名な日本画家「谷文晁」による「八方ニラミの龍」で、1997年に修復したばかりなので迫力満点だ。

山門から奥へ廊下を進む。雪国だからだろう、きちんと屋根があって助かる。やがて、十字路に至る。

浦佐「善光寺」山門の廊下

十字路になっている

この十字路を左へ行くと聖徳太子堂、正面には大きな不動明王像があり、右手が毘沙門堂だ。先ほどの案内地図によると、猫瓦は毘沙門堂ではなく、右斜め前にあるはずの池の周りに置かれているらしい。
でも写真のように真っ白で、どこに池があるかわからないレベル!

浦佐「善光寺」の池周辺

遠くからだと、雪で、どれが猫瓦なのかよくわからない。
意を決してざくざくと新雪を踏みしめながら池へと向かい、ほとりに並んでいる鬼瓦をしゃがんでよく見ると、その中に3つほど猫の顔が……。

ほんとに猫だった!

猫、寒いのが苦手なのに、お疲れさまです。

浦佐「善光寺」の池のほとりに置かれた猫瓦

浦佐「善光寺」の池のほとりに置かれた猫瓦

でも、門前にあった案内図には、9個の●が描いてあったはず。ここには3つしかない。もしかして、雪に埋もれてるのか?
いやそれ以前に、なぜ猫瓦が池のほとりにあるのだ?
普通、屋根についてるものじゃないのか?

その秘密を探るべく、普光寺の方を直撃してみた。

その方によると、毘沙門堂の屋根が瓦葺きだったときは鬼瓦として実際に使われていたが、1996年に銅板葺きに修復。猫瓦は不要になり、取り外され、猫瓦を池の周りに並べたのだという。なるほどそういうわけだったか。

でも池の周りには3つしか見つからなかった。ほかは?

「今は室内に保管してあるのです」ということで、見せていただいたのがこちら。ずらりと見事な猫瓦が並んでいた。

室内に保管された浦佐「善光寺」の猫瓦

室内に保管された浦佐「善光寺」の猫瓦

かわいいというよりは、ちょっと迫力がある猫。
そもそもなぜ、「猫瓦」なんてユニークなものが作られたのか?
由来候補は2つ。

ひとつは、寺に悪さをする化け猫がいて退治したという話。

もうひとつは江戸時代に日光東照宮の眠り猫の彫刻で有名な「左甚五郎」が彫った「猫面」が奉納されており、その猫面が、祭が始まると喜んで鳴き、火事の際は鳴いて知らせたのだという。その猫面が、魔除けとして敬われてきたからという話。

普光寺としては後者推し。左甚五郎作と伝わる猫面が魔除けとして敬われたが、1931年の火災で焼失してしまったため、猫面の代わりに毘沙門堂を守っていたのだろう。

お寺を出たらお昼前。腹が減ってきたので、参道にある和食処「寿多家」にお邪魔した。正式には「多」を崩した字に濁音がついており「すだや」と読む。
寒かったので、鍋焼きうどんを注文。冬はこういうのがありがたい。

浦佐「善光寺」参道にある「寿多家」の鍋焼きうどん

さてごちそうさまでした……とレジに向かうと、カウンターの前に、使用感のある巨大な和ろうそくが立っている。
これは何かと聞くと、以前普光寺の33日のお祭りで実際に使った30kgのろうそくだという。

「その足元も見てください」

ん? と視線を下げると、なんとそこに「猫瓦」!
それも本物。
毘沙門堂の屋根を銅葺きにする際、降ろされた猫瓦を譲ってもらったのだという。
というわけで、思わぬところで11個目と遭遇。うれしい。

浦佐「善光寺」参道にある「寿多家」に置かれた猫瓦

食後は寿多家のお隣の河田屋土産店へ。こちらで猫瓦グッズを扱っているのだ。

浦佐「善光寺」参道にある「河田屋土産物店」の外観

お邪魔すると、雑貨や浦佐のお土産品、和ろうそくに混じって、猫瓦グッズや猫面グッズが並んでいるではないか。

浦佐「善光寺」参道にある「河田屋土産物店」の店内

目玉は猫瓦煎餅。2014年の秋、河田屋を切り盛りする羽賀さんが猫瓦を気に入り、なにか土産物を作りたいと思って瓦煎餅に猫瓦を描いたのが「猫瓦煎餅」だ。

浦佐「善光寺」参道にある「河田屋土産物店」で売られている「猫瓦煎餅」

さらに、左甚五郎が残したという猫面をモチーフにした和紙で作った猫面や、その猫面のキーホルダー、魔除け猫缶バッジと、オリジナル猫グッズがたくさん。浦佐「善光寺」参道にある「河田屋土産物店」で売られている猫瓦グッジの数々

ここは猫面グッズと猫瓦煎餅を買って帰るべし。
猫瓦が有名になったのは、実は最近のこと。2016年に新潟日報という地元紙が取り上げたからで、行くなら今が旬だ。
羽賀さんが、猫瓦が使われていた頃の写真を見せてくださった。現在の毘沙門堂(雪が降っているので見えづらいけど)と比べてみると、瓦から銅葺きに変わったのがよくわかる。

猫瓦が使われていた頃の浦佐「善光寺」毘沙門堂の写真

現在の浦佐「善光寺」毘沙門堂

そうそう、浦佐を訪れるなら、「寿多屋」でも聞いた33日のお祭りがおすすめ。

まだ雪が深い中、駅前から門前までお店がずらりと並び、大勢の観光客がお祭りを楽しみに来るのだそうな。それが「裸押合大祭」。雪国の3月なので、雪の中である。もともと正月3日(ただし、旧暦の正月なので、今でいう2月くらい)に行われていたお祭りで、日本三大奇祭のひとつという。

賑やかな浦佐を楽しみたい時は33日の「裸押合大祭」、逆に猫瓦をゆっくり観たいならその日を避けて来ましょう。

これで猫瓦ミッション完了。

宿泊は長岡駅に近いホテル。新幹線ならひと駅だが、在来線でゴトゴトと向かうことにする。そのほうが、景色を楽しめるからだ。
そして本数が少ない在来線を待っていると、前面に雪を貼り付けた2両編成の車両が入線してきたのであった。

浦佐駅に入線してくる電車

2日目:山の中で雪をかぶっていた猫又権現は、養蚕の守り神だった

今日は神社である。目的地は長岡市にある南部神社の「猫又権現」。
猫又権現って何?なのだが、この南部神社に「猫又権現」という神様がいるのだ。

「猫又」は日本古来の猫の妖怪。江戸時代には、年をとった飼い猫の尻尾が二股になって猫又に化け、怪異を起こすと信じられていたのだ。
要するに、猫が年をとって猫又になり、それが神様になったと思えばいい。

でもなぜ神様に?

猫が神様になったなんて聞いたことないし、十二支にだって猫はいないのに。ああ、すごく気になるではないか。
これは現地へ行ってみるしかありますまい、である。

ただ、猫又権現はちょっと厄介な場所にある。
2006年に長岡市に合併されるまで栃尾市だった地域で、長岡駅から遠いのだ。
長岡から栃尾営業所前行きの1時間に1本程度のバス(片道560円)に乗って、まずは栃尾へ。
しかもやってきたバスは雪で真っ白だ。どんなところへ連れて行かれるかドキドキである。

長岡駅前のバス乗り場

路線バス入口の整理券発行機

問題は栃尾の先。別のバスで「森上」(もりあげ)まで行くのだが、それが1日に4本しかないのである。
写真は「森上」バス停で撮った時刻表。俗にいう地獄表だ。

森上バス停の時刻表

そういうときはタクシーである。
長岡からのバスで終点まで行かず、栃尾の市街地に近い「中央公園前」で降りる。

中央公園前のバス停看板

そこで地元のタクシーを呼ぶとよい。
今回は初めての土地+雪+山いうこともあり、まず情報収集を行うことにした。
観光案内所はないが、市街地にある栃尾商工会の1Fに「とちパル」という「土産物ショップ兼情報発信プラザ」がある。そこで現地のパンフレットや猫又権現の情報を仕入れるのがおすすめ。

栃尾商工会1階の「とちバル」外観

この程度の雪なら行けそうという情報を得たので、猫又権現へ向かう。
猫又権現は栃尾町内から山のほうへ約10km、「森上」にある。標高差は約120m。雪の季節でなければ、20分もあれば着くだろう。
長岡と栃尾と猫又権現の位置関係は、こんな感じ。長岡から直線距離だと近いが、山があるので迂回しなければならないのだ。

カシミール3Dで作成した猫叉権現の地形図

地図は「カシミール3D スーパー地形セット」で作成

標高差があるということは、雪が多いということである。無事「南部神社」鳥居下に到着すると、周囲はきれいに真っ白!

雪が積もった南部神社の鳥居

ちなみに最寄りの「森上」バス停は、鳥居のすぐ近くだ。雪国なので、バス停というよりはバス待合室。

雪が積もった南部神社の鳥居の周辺

雪が積もった南部神社の鳥居そばにある「森上バス停」

さて今から鳥居をくぐり、雪に埋もれて見えない階段を100段近く上るのだが、雪国に慣れていない身としては少々不安である。
そこで今回、栃尾で街歩きのボランティアガイドを行っている方の手を借りました。ありがとうございました。

「ほんとに上まで行きます?」「ここまで来たのだから行きましょう!」である。

雪が積もった南部神社の鳥居

ちなみに南部神社は鎌倉時代末期から南北朝時代に活躍した武士、新田義貞にまつわる伝承が残る古社である。
雪に埋もれた階段を足先でさぐりながら上ると、赤い鳥居が見えてきた。
雪化粧した木々の下に佇む赤い鳥居が神々しい。雪の日の神社って、風情があってよいですわ。

南部神社の境内にある赤い鳥居

雪で真っ白な高台にたどり着くと、いよいよ境内である。
猫又様はいるか?
いました! 雪をかぶって猫寒そう!

雪が積もった南部神社の猫叉権現

雪が積もった南部神社の猫叉権現

ほんとに猫である。まぎれもなく猫である。これが猫又権現。
「狛犬ならぬ狛猫」といわれるが、狛犬とは違って1匹だけで座っているのである。狛猫というよりは単体の猫又様だ。
まるで雪でできた子を背負った猫のように見えるのが、なんともかわいいではないか。

雪が積もった南部神社の猫叉権現

鳥居を見下ろす猫叉権現

こんな雪の日に猫又権現の写真を撮る人なんてまずいないので、雪をかぶった写真はけっこうレアである。
帰りは滑って転ばないよう、慎重に道路まで下りて行く。
何しろこの写真のような状況なので、冬に行く酔狂な人は十分お気をつけを。

雪が積もった南部神社から見下ろす境内

案内してくれた方が、このあたりに古くから住んでいる和田さん夫妻を紹介してくださったので、お邪魔して猫又権現の話を聞かせていただくことにした。足腰がしっかりして笑顔がまぶしい夫婦だ。

お話によれば、昔から栃尾では養蚕が盛んで、江戸時代、蚕を出荷して大変潤っていた。そんな養蚕の敵は、蚕をかじる鼠。それを退治してくれるのが猫ということで、いつしか猫を権現様として祀るようになったのだという。
最盛期には、かなり遠くから、猫又権現の鼠除けのお札を求めに来る人もいたのだそうな。
そのお札がこれだ。猫が描かれたお札で、下に「森上猫又権現」と判が押されている。これはレアかも!

鼠除けの猫叉権現のお札には「森上猫叉権現」と判がされている

このお札、南部神社で毎年58日夜に行われる百八灯のお祭りで購入可能だ(58日の19時頃から21時頃と、翌9日の朝から14時頃まで。300円)。それ以外の時は南部神社の氏子総代が取り扱っているそうだ。
猫の絵柄もかわいくて個性的なので、グッズ化したら売れるんじゃなかろうか。
さらに栃尾の資料を調べてみると、栃尾大野町にも「猫権現」の祠があるという。

大野村将軍地蔵尊

大埜村将軍地蔵尊というお地蔵様の脇に並んでいる野仏群の中に、猫権現が祀られているのだ。
栃尾の中心部から近いので訪れて、よーく見ると、「猫権現」と彫られている祠を発見。

雪に埋もれた大野村将軍地蔵尊

かくして、栃尾には養蚕の敵である鼠を退治する猫を祀り、鼠の害を防げますようにと祈った猫又権現や猫権現が、今でも残っていたのである。

伝説から生まれた猫瓦と、実際の生活に密着して生まれた猫又権現。

どちらも、すごく面白いのであった。
しかも、ともにそれぞれ中世の山城を持つ古い集落にあり、古い街並みや寺社がいっぱいあって、歴史が好きなら行ってみるべし。上杉謙信好きなら必見(今回は雪で行けなかったが、栃尾城は上杉謙信がまだ長尾景虎だった頃の居城として有名だ)である。
ぜひ一度訪れていただきたい。

惜しむらくは、ホンモノの猫に出会えなかったこと。浦佐でも栃尾でも「猫は見かけるんだけど、この雪だと、さすがに外には出てこないねえ」(和田さん)ということでありました。再訪したい!

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