今年は宮城で太りたい(犬山紙子)|読んでつなぐ、私の東北。|びゅうたび
  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • LINE

今年は宮城で太りたい 犬山紙子

 大学を卒業し、宮城の雑誌編集者になった私はふくふくと13キロ太った。太った理由は、初めての仕事で泣くほど忙しいのが半分。隣の部署がタウン誌という東北の美味しいもの情報が集結する場に居合わせてしまった幸福半分。

 初任給を手にしたのも大きかった。決して高いとは言えない給料だけど、まとまったお金を初めて手にした私は親にお礼を贈る前にフレンチに1人で出向いたほどに給料は食に注がれた。あっという間にお気に入りの服たちは入らなくなったけど、美味しいもので出来上がった体は妙に幸せそうなオーラを放っていた。

 ある時は塩釜まで車を走らせ亀喜寿司で友人とお寿司を。ここで私は甘みの強いボリューミーな雲丹と、ぷりりと弾ける白子を学んでしまう。ああ、ねっちりと旨いボタン海老も忘れちゃいけない。お寿司は早めのランチにして、その後市場によってお土産を買って帰るまでが大人の遠足である。

 繁華街は、国分町では炭火焼の地雷也。宮城の特産品を使う老舗で、海も山もどのメニューも美味しい。特大のキンキの炭火焼をつつくもよし、分厚〜〜いお刺身に舌鼓を打つもよし。それに日本酒も合わせちゃってね……。

 旧伊達伯爵邸へ箪笥料理を食べに行くのも特別だった。宮城の伝統工芸品である仙台箪笥をミニチュア化して、そこに料理が大切にしまわれているのだ。卓の上の小さな箪笥の引き出しをそっとあけると、手の込んだ色とりどりの料理が出てくるだなんて、おとぎ話のよう。伝統と歴史が相まったこんなロマンチックな料理は後にも先にもここでしか出会えないんだろう。

 カジュアルによく利用したのは喜久水庵だった。今、大人気の漫画「呪術廻戦」でもここの喜久福という大福が取り上げられていたっけ。ずんだはもちろん、お茶屋さんなので抹茶やほうじ茶の大福も渋い美味しさ。母と食事処でてんぷら定食を食べて、食後にお茶をすするのが高校生のころから幸せの時間だった。

 カフェも素敵なところがたくさんある。お気に入りは定禅寺通りにある火星の庭。アートや文学の古本を豊富に取り揃えた店内で本を片手にコーヒーやカレーをいただく。オーナー夫妻の趣味の良さと知性に憧れ、取材もした。ここですごした時間は今の私の土台になっている。

 まだまだ書き足りないけれど、私はそれが贅沢だと知らず当たり前のように享受していた。宮城のご飯が特別美味しいこと、あの値段で堪能できるありがたさは離れて初めて知ったのだ。今、東北放送の「サタデーウォッチン!」という番組に出演しているが、局で出るお弁当まで美味しいんだから凄い。

 そんな愛する宮城は今年震災から10年目。復興が進む一方、なくなってしまった大好きなお店もある。上記した塩釜も大きな被害を受け、亀喜寿司も何ヶ月間かお休みしていた。お店を失った人もいれば、家族を失った人もいる。土地を離れる人も大勢いる中での復興は果てしないほどの努力の上に成り立っているはずだ。

 だからか、復興に関わる人の姿を見ていると、人の生きる力、強さ、美しさにいつの間にか励まされている。支援すべきはこちらなのにパワーをもらう不思議で貴重な場所なのだ。

 2011年は自然の恐ろしさを自分の目で見なければならないと思った。それは自分のため、震災を知らない世代に伝えるため。知ることが命を守っていくことに繋がる。2021年、今年も訪れようと思っている。人が前に進んでいく姿、人と力を合わせる美しさを直接感じることは、私がこの先つまずいた時大きな力になるはずだから。それに愛してやまない、美味しい美味しいご飯が待っている。そこにお店があることが、大げさでなく奇跡だと知った今、さらに深い味わいを感じるんだろう。

 13キロは流石に困るけれど、前に進む人たちの手で作られた食材で幸せなお肉を蓄える、あの贅沢をもう一度。あっ、新幹線で乾燥ほやを食べるのも忘れずに。

book cafe 火星の庭

監修 幻冬舎

犬山紙子
イラストエッセイスト。著書に『私、子ども欲しいかもしれない。』(平凡社)、『すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある』(扶桑社新書)などがある。情報バラエティ番組「スッキリ」などテレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。近年は児童虐待をなくすための取り組みも行っている。