車窓には、キラキラ輝く相模の海が広がっている。間もなく熱海だ。今日はここで途中下車し、この2日間がよい山旅となるよう、山の神さまたちに願掛けしてスタート。明日は「伊豆三山」のうちの2つの山、城山から葛城山までを歩く。
山の格好だから派手である。真っ赤な山用のジャケットに身を包み、大きくて真っ白なザックを背負い、足元はごつい登山靴といういでたち。黒のコートやダウンジャケットの人でごった返す熱海駅前では、かなり異風で目立つ。これはなかなか痛快だ。
まず「走り湯」に向かう。逢初橋でバスを降りて、伊豆山神社参道の階段を海側へ下りる。ノスタルジックな雰囲気が漂う路地があり、その先に「走り湯」の看板がある。まるで龍が飛び出してきたかのような蒸気で出迎えてくれるのは、温泉の噴き出す姿をした、いわば“神さま”。その名を「走湯権現(そうとうごんげん)」という。洞窟の奥に石の囲いがあり、中で熱湯が噴き出している。大地の激しい息づかいにむせびながら、そのパワーをもらう。
奈良時代に発見され、湯が出ることから「湯出(ゆづ)」とされ、これが「伊豆」の由来となった説がある。というわけで、この説を採るならば、ここから伊豆の旅を始めるのが“気分”だ。目の前でボコボコとちはやふる神の姿を、ぜひ自分の目で確かめてほしい。
ここから837段の階段を上ると、そこが伊豆山神社だ。今はコンクリートの石段だが、その昔は浜石でできた、情緒ある姿だったそうだ。参道には桜が立ち並ぶ。春には見事な景観となるに違いない。
伊豆山神社は、源頼朝と北条政子の縁結びの地。赤と白の龍が一対となり、火と水の力で生み出すのが“温泉”だとされる。丈夫で裏表なく、そろえて双葉を開く梛(なぎ)の木の北限であり、境内に点在することを想い合わせると、こうした対(つい)の力が「縁結び」の由来になったと想像できる。
そしてふたりは結ばれ、鎌倉に初の武家政権を打ち立てる。頼朝は、箱根とともにこの伊豆山を重視し「二所詣で」を行うなどして崇拝した。度重なる試練を乗り越えて大事を成したことを思えば、「強運と勝利」の神が鎮まるのも納得できる。そういえば、少し前から雨が降りだしてきた。その強運に願掛けし、明日の快晴を祈るとしよう。
奥にある朱の鳥居がまぶしい。これは小泉今日子さんの寄進だが、同世代の人にとっては彼女も“女神”なのだろう。神社の裏手から山を登れば、白山の女神や日精月精、伊豆山の元宮まで片道1時間ほど。この山にはたくさんの縁と山の神さまがいて、実ににぎやかだ。
JR熱海駅から程近くに「REFS」という洒落た八百屋さんがある。三島や沼津といった伊豆の“付け根”で採れた野菜を扱うお店で、その野菜を使ったランチがおいしい。さまざまな地元のプロダクトも扱っていて、伊豆について物産を通して知ることができるのがよい。お店の中に入るとその構造も面白く、スタッフも気さくで、実に楽しいお店だ。
オーナーの小松さんいわく、伊豆は海の幸もいいけど野菜もいいですよ!とのこと。ぼくはバーニャカウダ、そしてキノコをふんだんに使ったチャーハンとスープをおいしくいただいた。
熱海から三島に移動する。この地には“山の神”がいるのだ。その名を大山祇神(おおやまつみのかみ)といい、三嶋大社に鎮まる日本全国の山の神である。明日の山歩きがよいものとなるように願を掛ける。
ちなみに、大山祇神はお酒の神さまでもある。今日はここまでビールを控えているので、ご機嫌斜めかもしれない。突然降りだした雨が、それを示している気がする……。今夜は修善寺の宿、桂川で飲むとしよう。だから神さま、どうかお許しを。
昨日の願掛けと宿での“お神酒(ビール)”が効いたのか、朝から快晴。ちょっと風が強いのが気になるが、気持ちのよい山歩きができそうだ。最初に登る城山は、むき出しの岩が特徴的な342mの低山。ロッククライミングでも知られる、伊豆三山の1座である。ちなみに伊豆三山とは、城山、葛城山、発端丈山の3座を指す。山と高原地図の30番「伊豆」を持っていこう。大仁駅から城山山頂まで約1時間半、そこから葛城山まではおよそ2時間。初心者でも挑戦しやすい低山だ。
真っ青な空を背にしてそびえる城山の姿を見上げながら、大仁駅から登山口まで歩く。麓を流れる狩野川は、太平洋側の県にもかかわらず“北上”する一級河川だ。水源は百名山・天城山にあり、沼津アルプスをぐるりと回り込んで、日本一深い湾・駿河湾へと注いでいる。かつて、長嶋茂雄氏が現役時代に大仁で合宿したことは知られているが、その時に走ったトレーニングコースが、まさにこの土手道だ。
登山口は竹林から始まり、すぐに急登(きゅうとう)となるが、木々と地形が遮ってくれて風の影響は少ない。峠に至ると小さなお地蔵さんと道標が現れるので、この分岐を右手に進む。岩まじりの道は変化に富み、楽しく歩ける。木々のトンネルの先に空が見えれば、間もなく頂上だ。
342mの城山山頂からは、山の東側をぐるりと見渡せる。南北朝時代から戦国の世にかけて、ここには城があった。麓の様子が手に取るようにわかるのは、低山ならでは。これならばっちり見張れる。
晴れていればよく見える富士山だが、今日は雲に身を隠している。上から狩野川の流域を眺めるのが楽しい。伊豆半島は太平洋の向こうからやってきた“島”で、およそ60万年前に本州にぶつかり“半島”となった。その衝突の力が、複雑で魅力的な地形をつくったのかと想像する。特に丹那盆地あたりの地形は面白そうだ。
お地蔵さんの峠に戻り、分岐を「葛城山・発端丈山」方面へ。しばらくは起伏の少ない山道を歩く。立ち並ぶ巨石群を通り過ぎ、舗装された城山林道にいったん出て、向かい側の葛城山に向かう階段から再び山道へ復帰する。
この先は、ちょっとわかりにくいので注意しよう。「出払い」は左手の“外山”へ。「外山の観音様」「神島小富士」「ふっとりば」などの見どころを過ぎると「鶯谷」に至る。途中の「背面登山口」はスルーで。鶯谷が葛城山と発端丈山の分岐となっているので、ここを右手に下る。舗装の林道まで下りたら右へ進み、視界が開けたところまで歩けば葛城山登山口がある。ここからは急登だ。
葛城山の標高は452m。山頂は「伊豆の国パノラマパーク」になっており、富士山、沼津アルプス、駿河湾はもちろん、三島函南方面、天城山に達磨山などなど、伊豆半島北部の山岳展望の広がる絶景が待っている。
ボードウォークの先には「恋人の聖地」があり、こちらも絶景。先ほどまでいた城山の山頂や、おむすびのように浮かぶ淡島、遠くに南アルプスもよく見える。実は伊豆長岡温泉側からロープウェイで登れるので、日ごろはハイカーよりも観光客の方が多く、導き地蔵と葛城神社で願掛けする人もよく見かける。
しかし、この日はどこにも人がいない。それもそのはず、朝からの強風でロープウェイが運行中止になったようで、パノラマパークの従業員すらいない“無人”の山頂であった。快晴にもかかわらず、この絶景をたったひとりで独占できるとは、なんとレアな体験!
下山は「小坂みかん園方面下山口」から、伊豆長岡温泉まで歩いて1時間半ほどだ。同温泉は日帰り入浴施設が充実しているが、今日は天空の露天風呂がある「ニュー八景園」に立ち寄って汗を流す。写真は撮れなかったが、最上階の露天風呂はかなり気持ちがいいのでオススメ。
その途中で、竜神岩に手を合わせていこう。見晴らしの良い山肌にある見事な巨岩で、振り返ると、空と大地の大きさに驚く。青が深くなってきた空には、うっすらと月が浮かんでいる。伊豆は役行者(えんのぎょうじゃ)に代表される修験者によって開かれた山が多く、ここ葛城山も古来より修験の山として栄えた。このすばらしい眺めの中で修行に励み、竜神岩を神の宿る磐座(いわくら)として祈りを捧げたのだろう。
熱海の「走り湯」に始まり、伊豆山で強運とご縁の神、そして三嶋大社に山の神を訪ね、富士山を望む2つの低山を歩き、最後は伊豆長岡温泉で汗を流す。お湯かけ、願掛け、山駆ける2日間の“低山トラベル”も、これにて無事に終了だ。帰京の途、夕日に染まった富士山が、ようやく姿を見せてくれた。昨日の雨、今朝の強風を思えば、この旅のクライマックスは、なかなか印象深いものになった。
今回の旅の行程
【1日目】JR東京駅→JR熱海駅→走り湯→伊豆山神社→REFS→JR三島駅→三嶋大社→修善寺駅→桂川
【2日目】桂川→修善寺駅→大仁駅→城山→葛城山→伊豆長岡温泉(ニュー八景園)→伊豆長岡駅→JR東京駅
1泊2日/東京駅⇒熱海駅・伊豆長岡駅⇒東京駅/夕朝食付き
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