湯治というものがある。温泉に入って病気を治す、という日本には古くから伝わる習慣のことだ。
けがをしたら温泉、病気になったら温泉――と温泉の効能を期待するのが湯治である。湯のパワーはすごいのだ。
日々の生活に疲れている。仕事も忙しいし、休みの日だって、なんだかんだで仕事をしている。そのためか、最近は風邪をひきやすい。そんな人が多いのではないだろうか? 私も最近、すぐに風邪をひく体になってしまっている。
上の画像が、この原稿を書いている「地主(じぬし)」だ。顔を見ていただきたい。疲れているのがわかるのではないだろうか? 目に輝きというものがない。これが現代社会が生み出したモンスターの表情だ。
すべては疲れのためである。私はあまり仕事をしていないのだけれど、仕事をしなければ……という気苦労が疲れを生んだと解釈してもらいたい。祖母に「そろそろ働けば」と言われている。そういうタイプの疲れの蓄積で、最近は風邪をひきやすかったりするのだ。
朝7時半頃に、秋田へと出発する新幹線「こまち」に乗った。田沢湖駅で降りて、「新玉川温泉」を目指す。湯治の場として知られる温泉だ。細かく言えば、古くから知られているのは「玉川温泉」のほうなのだけれど、今回目指すのは「新玉川温泉」だ。
東京駅から田沢湖駅までは3時間ほど。朝も早かったので車内で二度寝していたら、窓の外は誰も踏み入れていなさそうな雪景色になり、田沢湖駅に到着した。ここからは1日4便しかない路線バスで新玉川温泉に向かう。
マイカーやレンタカーで新玉川温泉に向かう方法も存在する。ただそれは春と夏と秋のこと。雪が降り始める冬の時期から4月の中旬ぐらいまでは、一般車両は通行禁止となり、バスでしか行けなくなるのだ。
バスは、まるで昭和の雪国にタイムスリップしたかのようだった。窓の外は私の身長ほどの雪の壁があり、木々は雪が積もり、重そうにしている。車内では、どこかから来たおじさんが「ハーモニカ」を吹いていた。21世紀とは思えない時間だ。
1時間ほど、雪景色を見つつ、おじさんのハーモニカを聴きながら、バスは機嫌よく走っていった。玉川ダムを過ぎてから人工物もまばらになり、ひたすら山だった。コンビニなんてないのだ。そして、到着するのが「新玉川温泉」である。
新玉川温泉は、今から20年ほど前にできた施設だ。その前からあるのが玉川温泉だ。こちらは1934年にそれまでの「鹿湯」という名称を改めた。湯治場としては江戸時代から有名だったようだ。では、玉川温泉と新玉川温泉は何が違うのだろうか。
お話を聞いたところ、玉川温泉も新玉川温泉も一緒だそうだ。冬場は雪が深くなり、玉川温泉は営業ができなくなる。そこで新玉川温泉の出番だ。こちらは冬場でも営業している。源泉が玉川温泉にあり、それを新玉川温泉まで引いているので、効能なども同じだ。
湯治なので温泉の効能が強い。新玉川温泉は、強い酸性のお湯だ。pHが約「1.2」なのだ。温泉でこの数字はおそらく日本一で、レモンの果汁よりもpHが強いことになる。つまり、酸っぱい温泉だと思ってもらえればいい。だからこそ相談である。
新玉川温泉では看護師さんが常駐していて、健康相談をすることができる。私は胃もたれがひどいのですが、どうでしょう?……と、ふんわりした相談をしたのだけれど、胃酸過多だろうから、飲泉するとよいと教えてもらった。胃酸が不足でも、過多でも、温泉を飲むといい方向に向かうそうだ。
浴衣に着替え、温泉である。中には温泉の効能が強すぎて、発疹が出る人もいるそうだ。それほどに強い温泉は初めてだ。どんなお湯なのだろう? 私の疲れを癒やしてくれるのだろうか? 体の芯から癒やしがほしい。
これが温泉です!
温泉にはいくつかの湯船があり、安全に入るには三段跳びのようにステップを踏まなければならない。まず源泉の割合が1%ほどの、「弱酸性」のお風呂に入る。次に、源泉50%の湯船。そして最後に、上の写真で私が入っている、源泉100%にたどり着くのだ。
それぞれに5分ほど入ればいい。温泉というと、ゆっくり入る……みたいなイメージがあるけれど、ここでは異なるのだ。特に源泉100%などは、1分もしないうちに体がピリピリと痛くなってくる。その痛みが、pHの強い理由だ。酸なのだ。痛いに決まっているのだ。ただ、これがいいのだ。
傷があると、さらに痛い。切り傷がある状態で海に入ると痛いと思うが、それと同じような痛みだ。ただこの温泉は、アメとムチを兼ね備えている。痛いけれど、傷の治りをよくするそうだ。また温泉から出るときに、かけ湯もするのを忘れずに。温泉を流しきっておかないと、痛くなったりするのだ。
浴場に飲泉できる場所もある。源泉1に対して、水を9の割合だ。じゃないと強すぎるのだ。どんな味がするのか? それは、とにかく酸っぱい。とにかくだ。ただ、飲むことで消化を助けてくれるなどの効果を期待できるようだ。ただ、とにかく酸っぱい。だってレモンより酸っぱい源泉なのだ。
先にも書いたように、新玉川温泉の周りには何もない。特に冬の時期は普通なら、徒歩10分ほどの玉川温泉にすら行けないのだ。ただ、それが贅沢だ。温泉に入り、部屋で昼寝をして、温泉に入り、本を読む。そんな時間を過ごせるのだ。
温泉と温泉の間に、村上春樹の『騎士団長殺し』を読んだ。第1部の17ページくらいで、主人公が人妻といい仲になっていた。元気だ。そして、私も元気になっている。温泉は疲労回復の効果があり、さらに免疫力向上の期待もできるのだ。
近年はよく「岩盤浴」という言葉を見聞きするようになったけれど、ここでは昔から「岩盤浴」と呼んできた。温かい床に横になり、目をつぶる。体の芯から温まることがいいのだ。だいたい45分程度。温泉も同様に、入ったり出たりで45分程度が目安だ。
温泉に入ることは、とてもカロリーを消費する。結果、おなかがすくのだ。看護師さんも「とにかくおなかが減る」と言っていたけれど、その通りだ。バイキング形式の夕食がうれしい。好きなだけ食べることができるのだ。よく考えられた施設ではないだろうか。
ご飯を食べたら、また温泉。湯治では温泉・岩盤浴が1セットで、それを日に2セットみたいな感じだ。人によって違うけれど。ただ私は1泊2日なので、湯あたりしないように気をつけながら、3回も入ってしまった。痛いけれど、気持ちいいのだ。それはお湯だけではなく、天井が高くて開放感がある――なども要因だ。つまり、この施設、めちゃくちゃいいのだ。
躍動感を見てほしい。現代が生み出した正気のないモンスターだった私が、元気になっている。もちろんすぐには効果は出ないだろうけれど、気持ち的な面では即効性がある。元気になるのだ。あとで看護師さんに聞いたら、「1泊2日でも、数日は元気よ」と言っていた。間違いなく元気だと思う。
ということで、生まれて初めての湯治だったが、酸性の温泉で、こんなにも体が痛くなるのかと驚いた。めちゃくちゃ痛いのだ。だが、それが気持ちいいという、よくわからない状態だ。ただ朝起きると、肌ツヤや胃の調子も良く感じた。しかも、元気だ。新玉川温泉のすごさに感激した。
掲載情報は2020年1月17 日更新時のものです。現在の内容と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
今回の旅の行程
【1日目】JR東京駅→JR田沢湖駅→新玉川温泉
【2日目】新玉川温泉→JR田沢湖駅→JR東京駅