酔っぱライターとして100軒以上の酒蔵を取材している私ですが、新潟は中越・下越が中心で、上越の蔵はまだ訪問したことがありませんでした。今回は北陸新幹線の開通で、東京からアクセスしやすくなった上越妙高駅を起点に、妙高市(旧新井市)の3つの蔵を巡ってきました。
妙高山をはじめとする高い山に囲まれた新井は、雪解け水の伏流水が仕込み水。また、寒暖の差が激しい気候は良質の米を育てます。そうした米と水で仕込むこの地の酒は、芳醇な旨味が特徴だといわれています。この旅では、新潟の酒の代名詞「淡麗辛口」とは異なる、上越の酒の“つくりと味”に迫ります。
1日目は、上越妙高近くで冬の新潟のグルメを満喫。酒蔵の朝は早いので、2日目の早朝からさっそく酒蔵巡りに出発します。上越妙高駅8時1分発の「妙高はねうまライン」に乗って、新井駅へやってきました。訪問するのは、ここから車で10分ほどの千代の光酒造です。
新井の集落は、妙高山や火打山などの山々に囲まれ、酒蔵の窓からもうっすらと雪をかぶった山の峰が見渡せます。仕込み水は大毛無山(おおげなしやま)の伏流水。冬場には1〜2メートルも積もる雪が、酒づくりに欠かせない、澄んだ空気をもたらします。
蔵の中では、ちょうど甑(こしき)から湯気が上がっていました。甑の中には米が入っており、その米を下の釜から上がる蒸気で蒸しているところです。
日本酒の原料である米は、蒸して麹米と掛け米をつくります。麹米とは麹菌を生やす米で、麹室(こうじむろ)という暖かい部屋で48時間かけて麹になります。掛け米とは麹以外の米で、酵母を培養して増殖させた酒母(しゅぼ)に、水と麹と掛け米を加えて発酵させることを仕込みといいます。
米が蒸し上がるとスコップで甑から米を掘り出し、放冷機にかけます。
麹米は手作業で麹室(こうじむろ)へ運び、種麹(たねこうじ)をふりかけます。これから48時間かけて麹をつくるのです。
掛け米はエアシューターで仕込みタンクに運ばれ、櫂棒(かいぼう)という長い棒で攪拌して仕込みをします。
一連の仕込み風景を見学した後、試飲をさせてもらいました。中でも現代的なラベルで異彩を放っている「K」というお酒は、蔵元のご子息で常務の池田剣一郞さんがつくったもの。通常2割の麹歩合を、3割にして仕込んだお酒で、甘酸っぱくワインのようでした。これは「日本酒女子」にウケそうですね。
私が最も気に入ったのは、「もち純米」という糯米(もちごめ)を使ったお酒。チーズやイタリアンにも合いそうな、こってりした酸とコクがあり、おいしかったです。
杜氏の片桐清司さんによると、この「もち純米」は、新潟の糯米の王様といわれる黄金餅(こがねもち)の米を使っており、固まりやすいので、手作業で自然放冷しなければならないそうです。原料にも製法にもこだわったお酒なのです。
実は片桐さんは、新潟県酒造技術研究会の会長を務める名杜氏。「毎年出来の違う米で、いかに同じ酒に仕上げるかに腐心している」と、その苦労を語ってくれました。
千代の光酒造では、予約すれば、仕込み作業も見学させてもらえます。作業が見られるのは朝の9〜10時。特に酒づくりがピークになる11〜3月がおすすめとのことでした。
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次に向かったのは、新井駅の近くにある君の井酒造です。専務の田中智弘さん(中)、杜氏の早津宏さん(右)、営業の和泉光紀さん(左)が出迎えてくれました。
築100年以上の蔵は、長野県と日本海を結ぶ北国街道(ほっこくかいどう)に面しています。建物の前面に、「雁木(がんぎ)」とよばれる庇(ひさし)があるのがこの地方の特色で、昔は雪が降り積もると人々は雁木の下を通行し、道の反対側へ行くためには、雪中に掘ったトンネルを使ったそうです。
蔵の隣には、明治天皇が行幸された東本願寺の新井別院があり、このとき天皇にお酒を献上したことから、「君の井」という酒名がつきました。なるほど、「君が代」の「君」と同じ意味なんですね。新井別院を訪ねると、冬に備えて雪囲いがされていました。
蔵に入ると、お米を蒸すための和釜と甑を見ることができます。
自家精米をしているので、立派な精米所も見どころです。原料米は99%が「越淡麗」「五百万石」「こしいぶき」などの新潟県産米で、1%だけ兵庫県産の山田錦を取り寄せて使用しているとのことでした。
精米所には、玄米から35%まで精米したお米のサンプルもありました。35%のお米は、信じられないほど小さな粒で、これが高級な大吟醸になるのです。
ここからは一般の方は入れないのですが、特別に麹をつくる麹室や酛場(もとば)とよばれる酒母をつくる部屋も見せてもらいました。
酛場では、杜氏の早津さんが暖気樽(だきだる)という湯たんぽのような道具で、温度管理をする作業を見せてくれました。
多くの蔵ではステンレス製の暖気樽ですが、君の井酒造では昔ながらの木製です。「熱の伝わり方が酒母づくりにちょうどよいので、木に勝る暖気樽はありません」と早津さんはおっしゃっていました。道具ひとつにも、こだわりがあるんですね。
最後は蔵の入り口にある酒樽の上で試飲です。
地元で晩酌用の普通酒は、飲み応えのある旨口。辛口と書いてある「越乃酔鬼」も、ただ辛いだけではなく、旨味のある辛口です。写真にはありませんが、最近リリースしたという「恵信」は、山廃の純米大吟醸生酒。これは甘酸っぱくコクがあり、現代的な酒質で飲みやすかったです。どの酒も、旨味とキレのバランスが良く、確かな技術力を感じました。
君の井酒造の見学は、基本的に要予約ですが、予約をしないでフラリと訪ねても対応可能だそうです。駅から近いので、立ち寄りやすい立地も魅力です。
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最後に向かったのは、鮎正宗酒造。車は山に向かって20分くらい走り、かなり心細くなったところで、立派な茅葺き屋根の蔵が見えてきます。まず、この建物に感動!
案内してくれたのは、6代目の飯吉由美さん。「この建物は、移築して140年がたっています。釘を一本も使っていない欅づくりで、雪をかぶる屋根の厚さは通常の倍。茅の締め方も非常に密なのが特徴です。地元でとれる細い茅を、よく乾燥させて使っています」。蔵の中は、天井をガラス張りにして、屋根の木組みが見えるように工夫されていました。
もうひとつの見どころは、仕込み水の井戸。1時間に5〜6トンも自噴しているそうで、モーターでくみ上げていないのに、ものすごい量の水が湧き出しています。飲ませてもらうと、水のはずなのに、甘みと味を感じることができました。
試飲したお酒は、どれも芳醇でコクのある味わい。特に純米酒は骨太なしっかり系で、お燗好きの私にはぐっときます。ちょっと変わっていたのは、新酒の純米生原酒「仕込2号」。キレイな酸が出ている“日本酒臭くないお酒”でした。
鮎正宗酒造は、飯吉さん自身も酒づくりに加わっていることもあり、常に人手不足。予約しないと見学はできませんので、ご注意ください。
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上越のお酒は、中越や下越の「淡麗辛口」とはひと味違う、味のある辛口でした。酒づくりは、これからが最盛期。雪深い新井の里へ、旅立ってはいかがでしょうか。素敵なお酒との出会いが待っていますよ。
今回の旅の行程
【1日目】東京駅→上越妙高駅
【2日目】上越妙高駅→新井駅→千代の光酒造→君の井酒造→鮎正宗酒造→上越妙高駅→東京駅