絶品缶詰を求めて銚子旅。新鮮な地魚と銚子産醤油に舌鼓
「缶詰生産地にウマいもんあり」というのが僕の持論である。たとえば魚缶メーカーなら、水揚げされた魚を新鮮なうちに使いたいから、必ず漁港近くに工場を構えている。そんな町なら当然、魚料理だって抜群にウマいのであります。
関東でいえば千葉県銚子市付近が一大缶詰生産地。水揚げ量日本一を誇る銚子漁港があり、そこで水揚げされたサバ、イワシ、サンマの青魚3兄弟は誠においしい。
ということは、銚子はウマい魚で溢れているはずである。それを使った絶品缶詰も溢れているはずである。それを確かめるために、僕は東京発の特急「しおさい3号」に乗った。
銚子は缶詰の町だった
銚子駅を降りると、かすかに潮の匂いがした。駅前の道路が利根川河口まで続いており、そのすぐ先は海である。
駅近くに干物専門店「あてんぼう」という看板を見つけたので入ってみると、金目鯛やアジの干物が並んだその向こうに缶詰コーナーがあって驚いた。
「ど、どうして干物と一緒に缶詰を売ってるんですか」と興奮しながら聞いてみると、銚子のおいしい魚を使った缶詰だから、という答えが返ってきた。実に明快な答えだ。
やはり銚子は缶詰の町だった。別の干物店にも缶詰が並んでいたし、お土産品が揃う「新銚子セレクト市場」では、銚子近辺3大メーカー「信田缶詰」「髙木商店」「田原缶詰」の商品が勢揃いしていた。その光景、まさに壮缶(壮観)であります。
サンマを塩だけであっさり煮付けた髙木商店の「さんま水煮」を見つけ、迷わず購入。これにオリーブオイルと醤油をかけて食べるのが僕の好みなのだが、銚子といえば醤油の名産地でもある。
「銚子のサンマなのだから、銚子の醤油をかければよりウマいのではないか……」と妄想し、醤油も買っていくことにした。店長・中村さんのアドバイスを聞きながら選んだのは「五郎左衛門」という銘柄。今でも木の樽で醸造しているという、古式ゆかしい醤油である。
醤油が発明されたのは室町時代だが、その元になったのは醤(ひしお)という発酵調味料。「銚子山十商店」は今でも醤を作っている珍しいお店だというので行ってみると、なんとそこにも缶詰が並んでいた。銚子の人は缶詰を愛しすぎである。そんな銚子を僕も愛してしまいそうである。
店主の室井さんに伺うと、こちらの醤は大豆と大麦を原料にして造られるという。それらを発酵させ、桶に仕込んで塩水を加え、約1年間寝かせれば出来上がるのだが、醤からは濃厚な味の源醤(げんしょう)という液体もにじみ出てくる。これが今の醤油の原型になったのだが、実は信田缶詰「銚子風おでん」の味付けにこの源醤が使われているのだ。
外川でネコと遊ぶ
一度駅に戻り、銚子電鉄に乗って外川へ向かった。外川は銚子で最初に漁港が開けた町であり、ついでにネコの町としても知られている。
駅から坂を下っていくと、外川漁港が見えてきた。ちょうど水揚げがあったようで、2人の男がヒラメを選別していた。
「金目鯛はもう揚がってるんですか」と聞くと「今日はもう終わった」とのこと。「金目鯛はこれから旬ですね」と言うと、「あれは年中揚がる魚だから」と返ってくる。どうも、互いに会話のポイントが微妙にズレてるようである。
細い路地をのんびり歩いていくと…いたいた。茶虎のネコが日なたぼっこをしている。近寄ってきて、頭をこすりつけてくる。実に愛らしいのだ。そこに別のネコもやってきて、合計3匹としばらく遊んだ。大満足である。
隣の犬吠まで海沿いを歩き、今夜のホテルにチェックイン。一旦荷物をほどいたあと、カメラバッグだけ持って銚子の町に戻った。いよいよお楽しみの夕飯であります。
銚子の夜は、いい調子
夕食を予約してあったのは、銚子市役所そばにある居酒屋「凡蔵」。ここは以前、缶詰メーカーの人と来たことがあって、あまりのおいしさに再訪したのだ。
最初にいただいたのは刺し身盛り。銚子漁港に揚がった生マグロの刺し身はねっとりした舌触りで水っぽさがない。金目鯛は柔らかく上品な甘みがある。ビールを清酒に切り替えたところで「銚子きんめ煮付」が出てきた。同じ料理は伊豆でも名物だが、銚子の人は自分たちの煮付けのほうが絶対においしいと断言する。なぜかといえば、銚子産のおいしい醤油を使っているからという。なるほど。
「メヒカリの唐揚げ」「あじなめろう」「自家製さつまあげ」「銚子産車えび塩焼き」と食べ進んだところで、腹がはち切れそうになった。ごちそうさま!
腹ごなしに訪れたのは、「バーダニーディン」。銚子にはこんなオーセンティックなバーもあるのだ。
オーナーの石井さんが作り出すカクテルには、どれも繊細な仕事が施してある。最初に頼んだ一杯はチンザノというリキュールをミックスしたものだったが、グラスの端に薄切りにしたレモンとライムが添えてあった。「レモンとライムは香りが違うので、その両方を合わせた風味がチンザノに合うと思いまして…」と教えてくれる。磨き込まれた木のカウンターと洗練された酒、ほの暗い照明に心からくつろぐ。
石井さんは大の映画好きでもあった。「最近観た映画は何?」から始まって、最後は「君の名は。」がなぜあれだけヒットしたのか論じ合う。気づけば犬吠へ向かう銚子電鉄はとうに終わっていた。じたばたしてもしょうがないので、さらにウィスキーを堪能。最後はタクシーでホテルへ帰ったのだった。
レンタカーで足を延ばす
翌朝は早起きして露天風呂に浸かった。今回宿泊した「ホテルニュー大新」は、天然温泉を備えているのだ。泉質はナトリウム塩化物強塩温泉ということだが、詳しくないので効能などはよくわからぬ。お湯を舐めてみたら、しょっぱかった。
明け方から雨が降っていたが、ホテルを出るころは嵐のようになった。ポルトガル建築風の犬吠駅まで駆けていき、銚子電鉄に乗り込む。途中の仲ノ町駅でドアが開くと、小麦を炒る香ばしい匂いが流れ込んできた。すぐ近くにヤマサ醤油工場があるのだ。その匂いを連れたまま、電車は銚子駅に到着。改札を出たところにあるJRの駅レンタカーで予約しておいたレンタカーを受け取る。今日は車で足を延ばす予定であります。
まずは、銚子漁港近くにある水産物卸センター「ウオッセ21」へ向かう。ブリ、金目鯛、ワタリガニなど、今朝水揚げされた鮮魚が並ぶ中に、信田缶詰の直売所があった。ここで「銚子風おでん」と「サバカレー」の詰め合わせを購入。
サバカレーは同社を代表するヒット商品だが、サバをそのままカレーに入れているわけではない。一度油で揚げ、青魚特有の匂いを消してから使っているのだ。あまり知られていないことだが、そのひと工夫がプロの技なのですぞ。
今度は利根川沿いに西へ向かう。こだわりの酒店「酒のたかしま」に行ってみたかったのだ。BGMにジャズが流れるなか、各酒蔵の銘酒が並んでいる。ここにも当たり前のように缶詰があり(もはや驚かない)、髙木商店の「ねぎ鯖」「焼き秋刀魚のアヒージョ」などがそろっていた。いいセレクトであります。
ねぎ鯖は、脂の乗ったサバと長ねぎを一緒に煮込んだもので、サバには長ねぎの甘い風味が移り、その長ねぎはサバのうまみを吸い込んでとろりと柔らか。まるで料理屋で出てくる1品のような缶詰だ。ご飯のおかずにもいいが、これで清酒を呑むと最高なのだ。
店主・高嶋さんに話を聞きながら、千葉の清酒を2本と酒粕も購入した。持ち帰るには重いので、明日家に届くように宅配の手配をしてもらった。
最後に立ち寄ったのは「道の駅 季楽里あさひ」。銚子市に隣接する旭市は丸干しイワシの生産量が日本一だそうで、さまざまなサイズの丸干しイワシがそろっていた。旭市名産のブランド豚肉や野菜もあり、そんななかで銚子の缶詰もちゃんと置いてあった。缶詰博士的には缶璧(完璧)な品揃えであります。
「ランチバイキングも好評です」と駅長・堀江さんに勧められて食事をいただく。地元漁港で水揚げされたイワシの天ぷらなど十数種類が並んで、盛況である。どの料理も塩分控えめで、その分、香辛料やうまみをプラスしており、予想以上においしかった。
銚子駅に戻るころには雨も上がっていた。1泊の短い旅だったが、行きたい場所をすべて回れたのが嬉しい。
家に帰ると、さっそくさんま水煮缶を開けた。銚子で買った醤油・五郎左衛門をかけると素晴らしい芳香が立ち上る。ふだん味わっている醤油よりも、発酵の香りが一段深いようだ。
缶詰は半分ほど食べたところで、残りを保存容器に入れて冷蔵庫にしまった。明日には千葉の清酒が届くはずだ。その肴に取っておこう。
スポット情報
さかな料理 凡蔵
所在地:千葉県銚子市中央町2-2
電話:0479-24-0222
今回の旅の行程
【1日目】東京駅→銚子駅→外川駅→犬吠駅→銚子駅→犬吠駅
【2日目】犬吠駅→銚子駅→銚子・旭市内〜銚子駅→東京駅