横浜で育ち、この街と密接な関係にあるジャズと多くの時間を共にしてきた私に〈おすすめのジャズ・スポット〉を紹介してほしいと依頼があり、横浜のジャズクラブやジャズ喫茶を書き出してみたら、あるわ、あるわ。“どうです、せめて3泊4日を想定しませんか?”と出かかった言葉をグッとのみ込んで、断腸の思いで決めた1泊2日のルートを、ひとり歩いてみる。
まずは、JR桜木町駅を降り、飲食店を中心にさまざまな店が軒を連ねた野毛地区へと向かう。この辺りは、かつて「オヤジの街」として知られていたが、現在は若者からも大注目されており、昭和の下町風情を楽しみながら気軽に飲めると人気はうなぎのぼり。そんな一角に1933年(昭和8年)創業、現存する最古のジャズ喫茶「ちぐさ」がある。
オーナーの吉田衛氏が1994年に他界した後、有志たちがこの店を守ってきたが、再開発の影響で立ち退きとなり、惜しまれがならも2007年に閉店。しかし、「ちぐさ」を愛する人たちの熱意によって、2012年3月、同エリア内、元の店からも近い場所で再オープンした。1階はドリンクを飲みながらゆったりとジャズのレコードが聴ける、いわゆるジャズ喫茶で、約3000枚のアルバムの中から、聴きたい作品をリクエストすることも可能。リスト化されたリクエスト・ブックには、モダン・ジャズを中心としたアルバム名がズラリと並び、どれを聴こうか迷ってしまうだろう。
そういえば「ちぐさ」は以前、会話厳禁だった。しかし、現在そのようなことはない。とはいえ、ここはジャズ喫茶界の聖地。大声でおしゃべりするのは遠慮したいもの。
亡きオーナーのパネルや日本を代表するジャズ・ミュージシャンの写真も飾ってある2階の「吉田衛記念館」。今回、特別に覗かせてもらうと、そこには貴重なジャズ資料などが山積みされていて、時間をかけてじっくり目を通したいモノばかりだった。
※2019年3月2日現在「吉田衛記念館」は公開されていません。
週末には遠方からも多くの「ちぐさ」ファンやジャズ・ファンがやってくるこの店は、横浜のジャズを語る上で100%外せないスポットだと感じた。
「ちぐさ」のある野毛の街周辺にはほかにもなじみのジャズ・スポットがいくつもあるが、今回は泣く泣くスルーし、横浜中華街へ向かう。目的地はJR石川町駅から徒歩7分ほどの場所にある「Windjammer」だ。
今年でちょうど45年目となるジャズ・カクテル・ラウンジ「Windjammer」は19世紀の帆船をイメージしたキャビン風の内装で、アメリカ人の今は亡きジミー・ストックウェル氏が創業した当時のままだ。どこかノスタルジックな空気が感じられ、ムードも満点だが、敷居は決して高くない。
バー・カウンターでゆったりドリンクを口にするのもヨシ、テーブル席で美味な料理を食べながら仲間と会話を楽しむのもヨシ、奥のカウンター内で行われているジャズ・ライブ(1日4~5ステージ)に耳を傾けるのもヨシ、それぞれの過ごし方を選べる。
おすすめ料理はやはり、創業当時から提供されているキャプテンズ・ハンバーガーでキマリ! 直径15センチくらいはあり、男性でも十分満足できるサイズ。かつてはオープン・サンド・スタイルだったが、現在は、食べやすくカットしてある。
定番のオリジナル・ホームメイド・ピザもぜひ! クリスピー・タイプで熱々を頬張れば思わず「おいしい!」と声に出してしまうだろう。さすがに完食できず、お持ち帰りとなった。そう、ハンバーガーやピザはテイクアウトもできるのだ。
ところで、「Windjammer」には2階もある。目の前でライブは聴けないが、設置されたモニターで楽しめるようになっており、料理もドリンクも1階と全く同じモノを注文できる。ある程度の人数で来訪するなら、2階を利用するのもおすすめだ。
ちなみに、今回、初めて知ったのだが、「1972年オープン当時、2階は知る人ぞ知るフレンチ・レストランでした。有名ミュージシャンや野球選手なども、お忍びでいらっしゃっていたんですよ」(金子浩ジェネラル・マネージャー)とのこと。20年以上前に今のスタイルになったそうだが、隠れ家的フレンチ・レストラン時代にも行ってみたかったな。
お次は、明治末期から大正初期に誕生した横浜の歴史的建築物<赤レンガ倉庫>2号館3階に位置する、「Motion Blue yokohama」へ。
<海とジャズとごちそうが出会う、とっておきの場所>と謳っているように、ジャズを中心としたトップ・ミュージシャンの演奏が、毎晩繰り広げられている。
当日席が空いていれば、入店することもできるが、ホームページ等で出演者を確認し、席の予約を入れておくのがベスト。
おひとり様でも気兼ねなく音楽を堪能できる、カウンター席もある。
女性シェフが腕を振るった盛り付けも美しいメニューの中には、渦巻き状のボリューミーなスパイラルポテトや、地産地消を意識した神奈川県産の野菜料理や肉料理も人気が高い。今回は軽く、季節野菜のスティック(ハーフサイズ)と季節のフレッシュ・フルーツ・カクテルを注文した。なお、15周年を記念し、2017年にグランド・メニューは一新された。
初日のラストは、JR関内駅から徒歩5分ほどの場所にある「BarBarBar」で、もう1杯!
オトナの社交場をコンセプトにしたジャズ・ライブ・レストラン「BarBarBar」で生演奏を思い切り味わうなら、2階へ行こう。美味なお料理をいただきながら、女性ヴォーカル+トリオをメインとした日替わり出演者の個性的なステージが楽しめる。
1階の「BAR」は深夜3時まで営業。フードもコース料理以外はすべて2階のレストランと同じモノを注文できるので、つい、長居してしまうだろう。竹内眞澄支配人いわく、「地方からいらっしゃって、夜、どこへ行ったらいいかわからない、なんて迷った時はぜひ、お越しください。たとえば、うちの店が終わっておいしいラーメンが食べたい時は、こっそりお教えしますよ(笑)」。
“近隣のジャズ情報も喜んでご紹介します”ともおっしゃっていたが、それは、横浜とジャズをもっともっと盛り立てたいという気持ちの表れのようだ。
「横浜は、歩いて行ける範囲に、たくさんのジャズクラブがあります。店同士もみんな、協力し合っているんですよ」
街にジャズが根付いている理由が、改めてわかったような気がした。
ちなみに、近隣にはビジネスホテルやシティホテルがたくさんあり、宿泊に困ることはない。
遅く起きた2日目は、自分へのお土産をゲットすることに。「BarBarBar」からも歩いて行けるCD&レコード・ショップ「ディスクユニオン」に立ち寄り、ジャズ・コーナーで新譜および中古のアルバムをチェックしたら、JR桜木町駅近くの「BAYSIDE JAZZ RECORDS」を目指そう。
日本初の本格的音楽専用ホールとして1954年に誕生した「神奈川県立音楽堂」へと向かう途中にその名も「音楽通り」という道がある。そこから一本入った場所にあるこの店は、中古ジャズ&ヴォーカル・レコード専門店で、2006年にオープンした。店内はアメリカで直接買い付けた1950年代以降のアナログ盤約2500枚で埋め尽くされている。
小学生の頃からジャズにハマった筋金入りのジャズ・ファンでもあるオーナーの佐々木浩美さんは、とにかくレコードが大好き。
「レコードの魅力は、やはり音ですね。特にオリジナル盤は、一音一音が鮮明に響いてくるんです!」
そこから熱く語り始めた彼女。真のジャズ&レコード・マニアである一方で、わからないことがあれば気軽に声をかけられる雰囲気の持ち主でもある。
「最近は、若いお客様が増えていますね。学生さんと思われる20代の方や、女性2人組など、10年前には考えられなかったような方々が、お越しくださいます」
ところで、レコードを漁る(探す)時は、できるだけ丁寧に扱わなければならない。これはコレクターなら常識中の常識。
「昔は手に取ったレコードをトントンと下に落としながら探す方もいらっしゃいましたが、今そのような方はほとんどおらず、丁寧に扱っていただいています。皆さん、ちゃんとマナーをわかっていらっしゃるようです」
地方発送も可能なので、荷物を増やしたくない人は活用するといい。
1枚1枚、じっくりレコードをチェックしていると、あっという間に時間はたって、そろそろ帰りの時間……。ということで、今回のジャズ・スポット巡りは、これにて終了。
さて、何度も繰り返してしまうが、横浜のジャズ・スポットは、まだまだたくさんある。すでに第2弾、第3弾のコースが浮かんでいるので、再び決行したい。横浜とジャズ、どちらも奥が深いのである。
この記事の内容は2019年3月2日現在の情報です。
今回の旅の行程
【1日目】JR桜木町駅→ジャズ喫茶ちぐさ→Windjammer→Motion Blue yokohama→BarBarBar
【2日目】ディスクユニオン→BAYSIDE JAZZ RECORDS