納豆チーズケーキに納豆パイ! 38種類の納豆料理を食べ歩き
人と一緒にいるとき、納豆を食べづらくないですか?
私は納豆が好きだが、納豆は人と楽しむものではないと思っている。あくまでも納豆の味や食感が好きなだけで、納豆のにおいそのものが好きなわけではないからである。いくら好きでも、臭いものは臭い。自分が食べている分には気にならないのに、人が納豆を食べていると途端に臭く感じないだろうか。また、納豆を食べ終わったあとのパックやお茶碗も非常に臭い。ついさっき、自分がそのパックから納豆を出して、お茶碗に入れて食べていたとしても、臭い。つまり、納豆とは「当事者」として関わらなければならない食べ物なのである。食べ終わったあとのお茶碗しかり、誰かが目の前で食べている納豆しかり、当事者じゃない納豆なんて、臭いだけなのだ。
そういうわけで、納豆大国・茨城県へ、一人旅をすることにした。一人なら、誰かににおいで迷惑をかけることかけられることもなく、納豆を満喫できる。ちなみに、一人旅の際はこのように、「人とは行けないようなテーマ」を決めて行き先を選ぶと、一人ならではの体験ができておすすめである。
今回はできる限りたくさんの種類の納豆、および、納豆を使った食べ物を食べまくるのを自分ルールとする。行き先に関しても、茨城県の観光名所には一切見向きもせず、納豆の工場や直営店、納豆料理を食べられるお店のみをめぐる。
工場で藁納豆が作られる様子を見学
まずはJR東京駅から特急ときわ号でJR水戸駅へ。納豆メーカーの老舗、「天狗納豆」へ向かった。ここでは工場見学と、納豆の資料展示を楽しむことができる。
天狗納豆では、昔ながらの藁に包まれた納豆を今でも製造している。ところが昨今は「食べづらい」などの理由で敬遠され、また、農家が減って藁の入手も難しくなった影響で、製造数はかなり減少してしまっているのだという。
今は天狗納豆で作る製品のほとんどがカップやパックの納豆で、藁納豆の製造は全体の3割にも満たない。藁の中に納豆菌を混ぜた煮豆を入れ、ひもで縛った藁を適当な長さに切る。この見ているだけでワクワクする藁納豆の製造を少しでもいいから続けてほしい、そう思いながら工場での作業を見守った。
納豆展示館で納豆の発祥や、納豆作りの道具、全国の納豆について学ぶ
工場と同じ建物内にある「納豆展示館」では、納豆のよもやま話を学ぶことができる。全国の納豆ラベルを集めた「全国納豆大絵巻」によると、あまり納豆を食べないイメージのある関西にもそれなりの数のご当地納豆があることが判明。
ほかには、家で納豆を作る方法から、大正時代~戦前までの納豆の作り方、地域ごとの納豆の作り方についてのパネルも掲示されていた。千葉県八日市場市では土手の中にワラ容器を並べて作る「岩室納豆」、秋田市ではモミガラに重しをのせる「檜山納豆」、東北地方ではせいろで蒸す「釜納豆」が作られていたそうだ。
納豆展示館には、昔の納豆製造道具もたくさん保管されている。展示品に触れることは本来NGだが、今回は特別に許可をいただき、手に持ってみた。
納豆の発祥については、聖徳太子が伝授した説、平安時代に八幡太郎義家が持っていた煮豆が発酵して納豆になった説など、諸説あるらしい。
憧れの「藁に入った納豆」を食べよう
天狗納豆の店舗では、納豆を乾燥させたほし納豆にチョコ納豆、そして工場でも作業をしていた 「藁に入った納豆」を買った。古き良き納豆のイメージといえば、やっぱり藁であり、藁納豆は一度食べてみたい憧れである。もともと納豆菌は藁に多く存在している菌で、藁一本に約1,000万個の納豆菌が付着しているといわれている。納豆といえば藁であるはずなのに、藁納豆は茨城県以外ではなかなかお目にかかれない。
藁を開けて納豆を取り出そうとすると、藁が糸を引きまくる。最後は藁の中にこびりついた納豆をかき出すのに一苦労。開封するだけでちょっとしたアトラクションであった。
最初から最後まで納豆尽くしの「納豆会席」
夕飯は納豆会席を食べに行くことにした。水戸駅からタクシーで5分ほどのところにある「山翠」では、4月~10月の期間限定で納豆料理尽くしの会席料理を提供している。
干し納豆にそぼろ納豆、納豆春巻きの前菜に始まり、お造りは白身魚納豆湯葉巻き。蒸し物で納豆包み揚げのあとには、海老や野菜の納豆衣揚げがかご盛で登場。唯一、焼物のターンで納豆とは関係ないイワシの干物で小休止して、最後はご飯と納豆汁で締める。
外食で納豆を使った料理を食べたことはこれまでに何度かあるが、一度もハズレだったことはない。納豆というクセの強い食材を使った料理の裏には、おしなべて血のにじむような試行錯誤があるのだと思っている。
※メニューは取材時のものです。
納豆パイに納豆サブレ、納豆チーズケーキに納豆ジェラート
水戸駅周辺に一泊した翌朝、私はまだ見ぬ納豆食品を求めて、水戸駅の駅ビル「エクセルみなみ」へ向かった。ここで買ったのは納豆パイに納豆サブレ、納豆スナック、納豆餃子、納豆チーズケーキ、納豆おこし、納豆せんべい、納豆ジェラートなどである。
購入後、さっそく少しずつ味見をしてみる。納豆サブレは案外納豆の風味が強く、袋を開けた瞬間に納豆のにおいが漂ってきた。においはしっかりと納豆なのに口に入れると甘く、なんとも不思議な感覚だった。納豆パイと納豆おこしには、納豆のおもかげはほとんどなし。納豆チーズケーキも言われなければ普通のチーズケーキだと思ってしまいそうだった。個人的には、納豆の味が強すぎるよりは、これくらいささやかなほうが食べやすくて好みである。それにしても、なぜサブレはかなり納豆っぽかったのに、パイにはほとんど納豆っぽさがなかったのか。これらには、いずれも納豆の粉末が練り込まれているようだが、お菓子によって入れている粉末の量が違うのだろうか。もしかしたら、こういった商品の開発者も、納豆の風味をどこまで残すかについては日々頭を悩ませているのかもしれない。
ちなみに、最も納豆の風味が強かったのは、納豆ジェラートだ。納豆の豆がそのままゴロゴロと入っていて、ひとすくいするとねばねばとトルコアイスのように糸を引く。口に入れると、なかなか前衛的な、斬新な味わいが広がった。少なくともここでしか食べられないようなアイスであることは間違いない。
※納豆ジェラートは2020年6月現在終売しています。
地元のスーパーにも行ってみる
「エクセルみなみ」にはお土産を意識した納豆食品が多かった。普段、茨城の人がどんな納豆を食べているのかも知りたい。そこで、地元のスーパーにも寄ってみることにした。スーパーには東京でも見かけるような納豆が並ぶ中、「茨城マルシェ」のコーナーで妙に高価な納豆を発見。金砂郷食品の「粢(しとぎ)」シリーズである。
3種類あるうち、最も高い「粢薬膳(国産金ごま油付)」はなんと1個500円。製造数に限りがあるため、こういったマルシェか、金砂郷食品の直売所、通販でしか買えないらしい。さっそく買って食べてみると、一口目でほかの納豆と明らかに違うことがわかる。豆がなめらかで、ほのかに香り、食感もほどよい柔らかさ。ごま油をかけて食べると、ごまの風味と納豆とが混ざり合ってコクが出る。どうやら、この金砂郷食品は「くめ納豆」で有名なくめ・クオリティ・プロダクツが倒産した後に、新しく作られた会社らしい。HPには、「たくさんの販売取引先、そしてたくさんの『くめ納豆』ファンの方々の暖かいお声」によりできた会社であり、「長年紡いできた『くめ納豆』の遺伝子を生かすも殺すも我々次第です」と書かれている。「粢(しとぎ)」シリーズのパッケージに同封されていた小冊子によると、社員100名が総出で試食をしてこの味に行き着いたのだそう。採用情報の欄には、「もちろん、納豆が嫌いな方の入社はおすすめしません」とまで記載する徹底ぶりである。
名物「洋風納豆ねばり丼」を食べる
最後は洋食屋「花きゃべつ」へ「洋風納豆ねばり丼」を食べに行った。もともと「ねばり丼」とは、ご飯の上に納豆やオクラ、とろろなどのねばねばした食材がのった水戸のご当地グルメ。水戸市が何年も前から街全体で盛り上げているらしい。今回食べるのは「洋風」のもので、水戸の街でよく見かけるねばり丼とはかなり様子が異なる。
「洋風納豆ねばり丼」がやってきた。納豆オムライスのような見た目をしている。上にのっているオムレツをどけると、白いご飯の上に納豆がみっしりと敷き詰められていた。
納豆には、オーロラソースのようなものがかかっていた。かなり挑戦的な味かと思いきや、卵の甘みと、ハバネロマヨネーズを使ったソースと納豆と、そしてアクセントで使われている柚子胡椒とが混ざり合って、まさにハーモニー。この2日間で食べた納豆食品の中には、残念ながら納豆と掛け合わせただけで何もハーモニーを奏でていないものもあった。対して「洋風納豆ねばり丼」はしっかりとハーモニーを奏でている。納豆がそこにある意味を、ちゃんと感じられた。それもそのはず、この「洋風納豆ねばり丼」は10年くらい前にメニューに登場してから、10回もリニューアルを繰り返しているのだそう。明太子を入れたり、梅を入れたり、どんどん味を変えて、ようやく今の10代目に行き着いた。納豆は主張が強すぎるゆえ、何にでも合う食材とは言い難い。けれど、組み合わせ如何で、料理の中に馴染むことができるのは発見だった。
※2020年6月現在、メニューが変更されています。
今回買った納豆は12種類、納豆食品は20種類。納豆会席や洋風納豆ねばり丼を入れると、2日間で38種類もの納豆料理を味わった。納豆関連の商品を見かけるや反射的に買い続けたせいで、お土産として持ち帰ることになった数々の納豆を前に、愕然とした。よく見たら、納豆の賞味期限はどれも短くて4日後、長いものでも10日後だったのだ。それから毎日、一人で納豆を2つも3つも食べ続けることになったのは言うまでもない。誰かを呼んでみんなで納豆パーティー、なんてことはもちろんしない。いくら好きでも、納豆は臭い。納豆は一人で食べるものなのである。
掲載情報は2020年6月23日更新時のものです。現在の内容と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
今回の旅の行程
【1日目】JR東京駅→JR水戸駅→天狗納豆→山翠
【2日目】エクセルみなみ→フードスクエア水戸見川店→花きゃべつ→JR水戸駅→JR東京駅