ねぶたの夏到来!祭りの見どころを青森の達人たちに聞いてみた
闇夜の中、煌々と光輝く人形灯籠。囃子方による強烈なリズムと、それに合わせて跳ねる跳人(はねと)たち――。青森県の津軽半島および下北半島の各地で行われている「ねぶた」は、日本を代表する祭りのひとつです。中でも最大規模を誇る「青森ねぶた」(青森市)の来場者は延べ200万人以上。その存在自体は青森県外でも広く知られているものの、案外ねぶたの背景や地域による違いまではご存じない方も多いのではないでしょうか?
というわけで、開催の迫ったねぶたのちょっとディープな魅力を探るべく、青森市の「青森ねぶた」、弘前市の「弘前ねぷた」、五所川原市の「五所川原立佞武多(たちねぷた)」という3カ所を、日本各地の祭りや民謡、伝統芸能を追いかけている大石始が取材。各地のねぶたの達人に、お話を伺ってきました。
ねぶたを芸術文化にまで高めた「青森ねぶた」
JR東京駅から東北新幹線・奥羽本線でJR青森駅へ向かい、最初に訪ねたのは青森市。お話を伺ったのは、青森市文化観光交流施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」の佐藤理絵さんです。
「こちらでは昨年運行した22台の大型ねぶたの中から『ねぶた大賞』や『知事賞』などを受賞した4台を展示しています。『蝦夷ヶ島 夷酋と九郎義経』という作品は最優秀制作者賞も受賞しているので、まさに2016年を代表するねぶたといえるのではないかと思います。大型ねぶたのサイズは幅9メートルと厳密に決められていて、その中でどうやって迫力を出すかがポイントですね」
同じねぶたでもひとつひとつカラーが異なり、制作者であるねぶた師の個性や作家性が表れているところにおもしろさがあります。
「私も青森市の出身ですが、青森の人たちにとって、ねぶたは年に一回の楽しみなんです。冬が厳しい分、夏の祭期間が楽しみで仕方ない。ハネたことのない市民の方は、ほとんどいないんじゃないでしょうか(笑)。青森ねぶたは規定の衣装さえ着れば誰でも参加できますし、観光客の方も飛び入りできます。そこもまた人気の理由かもしれませんね」
「ワ・ラッセ」から青森港沿いに歩いて数分の場所に広がる「ねぶたラッセランド」には、春から夏にかけての3カ月間、大型ねぶた用の制作小屋が立ち並びます。その中で実に3台ものねぶたを制作し、昨年のねぶた大賞も受賞するなど、青森を代表するねぶた師として活躍されている竹浪比呂央さんを訪ねてみましょう。
竹浪さんが制作されているJRねぶた実行プロジェクトの今年のテーマは「剣の護法」。車輪を、護法童子(ごほうどうじ)が回転させる輪宝に見立てており、JR東日本の発足30周年を祝うべく、この題材が選ばれたそうです。
「ねぶたとは基本的に何らかの願いを込め、悪を祓うための民俗行事。人々の幸福や平和を願うのが目的なんですね。今回は、邪気を祓う輪宝をメインに置きました」
ねぶたには設計図がありません。一枚の下絵(原画)から立体的かつ躍動感溢れるねぶたを作り上げていくわけですが、そこで問われるのが、ねぶた師の腕。
「まず大事なのは構図の新鮮さ。いくら素晴らしいテーマであっても、同じような構図のものだとつまらない。あとは色の鮮やかさと、立体にしたときの迫力。原画から立体に起こしていく中で、ねぶた独特のデフォルメを加えていくんです。青森ねぶたは革新的な表現が多いんじゃないかと思います。伝統的な祭りとはいえ、ねぶたの素材が竹から針金に変わり、ロウソクからLEDに変わってきたように、新しい素材をどんどん採り入れてきました。時代とともに常に進化しているのが、青森のねぶたの特徴。私自身、革新の連続が伝統になっていくのだと思っています」
城下町ならではの魅力を伝える「弘前ねぷた」
次に向かったのが弘前。JR奥羽本線の各駅停車で55分ほど揺られて到着です。弘前市は「ねぶた」ではなく、「ねぷた」。掛け声も青森の「ラッセーラー」に対して弘前は「ヤーヤドー」。ひときわ目を引く扇型ねぷたが特徴です。
お話を伺ったのは、「津軽藩ねぷた村」の村山佳光さん。弘前ねぷたを一年中体験・見学できるほか、津軽の工芸品や津軽三味線の演奏にも触れられ、観光客にも大人気です。
館内に入ってすぐ目に飛び込んでくるのが、巨大な扇ねぷた。1977年に青森で開催された第32回国民体育大会のアトラクションのため特別に運行されたねぷた(10メートル)と、通常のねぷた(6.5メートル)の2つが展示されていますが、どちらもまるで迫ってくるような絵画的魅力に溢れています。描かれた絵図には、城下町ならではの上品な味わいがあります。
また、かつてのねぷたはどこも現在より荒々しいものだったそうで、喧嘩は当たり前。弘前も例外ではなかったそうです。
「弘前も、昔は喧嘩ねぷたでした。今は運行コースや時間が決まってますが、昔はどこを運行してもよかった。鉢合わせになると、どちらが道を譲るかで喧嘩になったそうなんです。それで一時期、ねぷた自体が禁止されていたんですね」
なお、村山さんも、やはり弘前のご出身とのこと。
「小さい頃から、ねぷたのロープを引いてました。太鼓もやりましたし、笛を吹いていたこともありますね。大人になってからは、ねぷたが電線のある箇所を通過する際、引っかからないように電線を持ち上げる役もやったことがありますし、一通りやりましたね。弘前の場合、ねぷたは各町内単位のコミュニティーをつなぐツールでもあります。長年町内の行事としてやってきたわけで、住人同士のつながりが希薄になりつつある今も、その原点は変わらないんじゃないかと思います」
高さ20メートルを超える「五所川原立佞武多」
この日は弘前に宿泊。翌日はJR五能線に乗り、JR五所川原駅へ。約50分で到着です。まずは市場中食堂で、名物の「やってまれ丼」をいただきます。ごはんと十三湖産しじみ汁のセット(250円)を買い、館内の田村鮮魚店でお好みの刺身をセレクト。自分好みの海鮮丼をいただくことができる、うれしいシステムです。
立佞武多は、ちょっとユニークな歴史をたどってきました。大正時代までは現在と同じ巨大な立佞武多が祭りを彩ってきたものの、街中に電線が張り巡らされるようになると、立佞武多も大幅にサイズダウンしてしまいます。それが1993年にかつての立佞武多の設計図が発見され、3年後にはおよそ80年ぶりに立佞武多が復活。さらにその2年後からは五所川原市の支援のもと、夏祭りで運行されるようにもなりました。「立佞武多の館」の館長である菊池忠さんは、こう言います。
「立佞武多がなかったら、五所川原の中心地も、シャッター商店街で終わってしまっていたと思うんです。祭りがもたらす経済効果だけでなく、五所川原の人間として、地元に誇りを持てるようになりましたからね。そこが大きいと思います」
「立佞武多の館」で待ち受けているのは、大型ねぷた。横に広がる青森ねぶた、絵画的魅力に溢れた弘前ねぷたに対し、五所川原立佞武多の特徴は、なんといってもその高さです。20メートル以上の人形灯籠がそびえ立つ光景は、まさに圧巻!
また、立佞武多の特徴のひとつが、4月中旬~6月中旬の制作期間中であれば、一般の人でも作業に参加できるということ。作業が終わると紙貼り証明書を発行してくれます。祭り当日に、自分が紙を貼った大型ねぷたを見に五所川原に戻ってくる旅行者もいるとか。
「ねぷたの期間中は街がまったく別の色彩を帯びてきて、普段とは違う街になってしまうんです。人間も同じ。なかには立佞武多のために生きている人たちも多いですからね(笑)。子どもの頃からねぷたに触れていましたが、昔は紙貼りもさせてくれなかったんです。子どもの役目は、隣町にこっそり潜り込んで、自分たちの町内の大人たちに、隣町が何を作ってるのか報告すること。いわばスパイですね(笑)」
笑って話してくれた菊池さんもまた、立佞武多のために日々を生きてきたひとりなのでしょう。
津軽の短い夏を彩るねぶた。その本当の魅力は、やはり実際に体験してみないとわからないはず。というわけで、次回は「ねぶた祭りに行ってみた」編をお届けいたします!
スポット情報
睦屋 市場中食堂
住所:五所川原市大町504-13
電話:0173-26-6255
営業時間:11:00~15:00
定休日:第3・4水曜
今回の旅の行程
【1日目】JR東京駅→JR新青森駅→JR青森駅→ねぶたの家 ワ・ラッセ→ねぶたラッセランド→JR弘前駅→津軽藩 ねぷた村
【2日目】JR弘前駅→JR五所川原駅→市場中食堂→立佞武多の館→JR五所川原駅→JR新青森駅→JR東京駅