SLとは、石炭を燃やし、その熱で水を沸騰させて蒸気に換え、蒸気の圧力でピストンを動かして走る機関車である。火と水で走るのだ。明治から昭和にかけて、日本の鉄道を支えてきたが、現在は限られた場所でしか乗車することができない。
今回は、SLに乗るために群馬県の高崎まで行ってきた。
JR東京駅からJR高崎駅までは上越新幹線で行く。時速60kmの蒸気機関車のために時速240kmの新幹線で駆けつけたと思うと、なんだかすごく贅沢をしている気分だ。
しかも土曜日は上越線を走る「SLぐんまみなかみ」、日曜日は信越本線を走る「SLぐんまよこかわ」という2日連続のSL三昧である。
いざSLの旅に出発!
※2018年10月以降、「SLレトロみなかみ」は「SLぐんまみなかみ」に、「SLレトロ碓井」は「SLぐんまよこかわ」に名称が変更されています。
旅の1日目に乗車するのは、9時56分高崎発の「SLぐんまみなかみ」 早くSLを見たいので30分くらい前にホームへ行くと、すでにSLに乗る人、見学する人を含めてかなりの人だかり。在来線のホームなので、普通のお客さんもいる。
じっと待っていると、いきなり客車だけが登場。客車だけでは走れないので、後ろからディーゼル車に押してもらっての入線だ。どういうことか駅員に尋ねてみると、SLはあとからやってきてガチャンと目の前で客車と連結するらしい。
じゃあ肝心のSLはどこだ?
目を凝らすと、遠くに黒い固まりが見える。煙を出しているのですぐわかる。
やがて後ろ向きでSLがやってくる。「D51 498」。通称「デゴイチ」。子供の頃、絵本でよく見たが、まさかホンモノに、しかも実際に走っている姿に出合えるとは、なんともうれしい。
そして無事客車と連結。これで準備完了だ。
この瞬間を見逃さないためにも、30分前にはホームに着いてスタンバイしておきたい。
のんびりSLを撮っている時間はあまりないので、客車に乗り込む。
この客車、D51にふさわしく、ものすごく古い。 実は以前の名称である「SLレトロみなかみ」の「レトロ」は、客車もレトロですよ、という意味なのだ。
古い客車に入ると、背もたれは木製で直角、リクライニングはもちろんなし。でも、座り心地が悪いのかというと、そんなことはない。
昔の人たちはこれで長距離を旅したのだなと思うと、感慨深いのである。 4両連結された客車のうち、ひとつだけが郵便・貨物兼用の古い車両で、運がいいことに指定された座席はそこだった。
形式はオハニ36。1926年に製造されたという、超レトロな車両なのだ。なんと91歳。当初は木製の車両だったが、1955年に台車はそのままで車体を鋼鉄製に改造されている。戦後、強度に欠け、老朽化が進んだ木製客車を鋼鉄製に改造する「鋼体化改造」が行われたそうである。
鋼体とはいえ、椅子も内装も木製なので実にレトロで渋い。むしろ、贅沢さすら感じる。
椅子に座って上を見ると、網棚がある。言葉通りの網棚である。 今でも椅子の上のモノを置く棚を「網棚」というけど、考えてみたらぜんぜん「網」じゃない。パイプだったり樹脂だったりする。でももともとは「網」だったのである。
このレトロ客車にあるのは、ホンモノの「網棚」だ。感動するほどのものじゃないかもしれないけど、個人的にうれしかったので、つい撮影。
そんな細かいところに喜んでいたら、いつのまにか出発である。
ぷしゅうと音を立て、ゆっくりと加速していく。客車に乗っていると、それを引っ張っているのがSLかどうかなんてわからないのだが、ゆっくりがんばって加速していく感じがたまらない。
あたりまえだが、古い車両なので冷房はない。天井に扇風機がついているだけである。暑いときは窓を開けるのである。昔はみなそうだった。
これが楽しい。
ガラスがない分、見通しもいいし、風も感じられる。時速60kmくらいなので、風が気持ちいいのだ。
だから、窓を開けても寒くない初夏から晩夏がおすすめ。
ただし、窓を開けるのにも力がいる。 つまみをぎゅっと挟んでロックを外し、上に持ち上げるのである。
窓を開けると、ああSLが引っ張ってくれているのだな――と、匂いと煙で実感できる。風向き的にちょうど煙が見えたタイミングで1枚撮ってみた。
この煙があってこそSLってもんだ。
「SLぐんまみなかみ」は高崎駅を出発し、2時間ちょっとかけて水上(みなかみ)駅まで走る。その間に止まる駅は4つなのであるが、特に「JR渋川駅」では約30分停車する。これは押さえておくべし。
最もじっくりSLを観察して写真を撮れるのが、この時なのだ。
運転席の横には「鉄道省 鷹取工場 昭和15年」のプレートが。昭和15年ということは、今77歳だ。77年前に造られたSLが今でも現役で走っているというのは、もうそれだけですごい。
このとき、希望者は、D51のプレートを持って記念写真を撮ってもらえる。親子連れ向きのサービスなのだが、せっかくなので。
良いサービスである。
蒸気機関車を見ていると、ときどきプシューと白い湯気が出る。これが「蒸気」。蒸気の圧力を調節するために出すものだ。
燃料の石炭と蒸気を出すための水は、「炭水車」に積まれている。
機関士さんに尋ねてみたら、8トンの石炭を積んでいて、水上行きの場合は往復で約2トン燃やすんだそうな。「でも石炭の質によって、消費量が大きく変わるんですよ」と。石炭の質がいいと、消費も少ないらしい。
石炭を燃やすには、それをボイラー室にくべなければならないが、その作業は手動。必要に応じて、スコップで石炭を追加していくのである。
こんなふうに真っ赤に燃えているボイラー室にスコップで石炭を入れるのだ。
そして石炭が燃えると、煙突から黒い煙が出るのである。
JR渋川駅を11時に出発。朝早くに家を出たので、腹が減る時間である。もちろん駅弁を食べる。
JR高崎駅で購入した「上州D51弁当」だ。高崎の駅弁といえば「だるま弁当」が有名だが、SLに乗るのならSL弁当である。
SLの前面を模した円筒形の弁当箱には「D51 498」の文字。箸もリユース可能な樹脂製で、D51と刻印がある。これは持って帰らないともったいない。
JR渋川駅を過ぎると、景色が徐々に変わっていく。都市や農村から山間部へ。
見え隠れする利根川や、遠くに見える山々がすばらしい。
隣のボックスに誰も座っていなかったので、座席と車窓を一緒にカメラのHDR機能(明るいところから暗いところまで一度に撮影する機能)で撮ってみた。窓が額縁効果となって、絵を見ているようで、これはたまらない。
なお、今まで窓を開けて気持ちよく風に吹かれてきたが、ここからはトンネルが多い山間部に入る。SLは黒煙を吐きながら斜面を上る。トンネルに入ると、黒煙がトンネル内に充満する。
だから窓を閉めなきゃいけない。
数ボックス前にいたお客さんは乗り慣れているのか、実に巧みにトンネルの直前で窓を閉め、抜けた瞬間に窓を開けるのである。
私も負けじと窓を開け閉めしたのだが……何しろ昔の窓なので重い。水上に着く頃には筋肉痛になるかと思いましたよ。
12時過ぎ、無事「SLぐんまみなかみ」は水上駅に到着。ここが終点だ。
客車だけをホームに残し、D51は去っていく。車両の整備と、転車台で向きを変えるためである。
駅の改札を出ると、駅長さんと水上温泉のキャラクター「おいでちゃん」が出迎えてくれた。
挨拶もそこそこに、駅を出たら右手へ曲がり、道路に沿ってしばらく歩くと、右手に転車台広場がある。そこの広場で、SLが向きを変える様子や、整備する様子を、間近で見られるのだ。
時間的な余裕はあまりないので、土産物店をのぞくのは後回しにして、転車台広場へ直行するべし。 絶対に見逃すな!レベルのイベントだ。
向きを変えたら、ピット線へ移動して車両整備の時間。ピットは車両を整備する場所。水上駅ではSLの車両整備の様子を公開しているのだ。
この時も、じっくりと撮影できるのでおすすめ。
転車台広場は山に囲まれた気持ちいい場所で、今は使ってないSL(D51 745)も展示されている。
帰りの汽車までは3時間ほどある。
転車台広場でのんびりくつろぐもよし、利根川沿いを散策するもよし、線路沿いを散策するもよし、喫茶店でのんびりお茶をするのもよし。がんばれば、水上温泉でひとっ風呂浴びられる。 行きと帰りで反対側の風景を見るのがおすすめ 。15時過ぎ、SLがホームにやってきて、客車に連結される。 行きとは反対側に連結するために、いったん高崎方面へ通り過ぎ、上り入換線へいったん入ったあと、後ろ向きに入線してくるのがポイント。そのシーンも見逃さないようにしたい。
「SLぐんまみなかみ」は全席座席指定。指定券を取るときは、行きと帰りで反対側の席を確保するのがおすすめ。そうすると、行きと帰りで両方の景色を楽しめるからだ。
今回は帰りの車窓から、沼田の河岸段丘を堪能。沼田は戦国時代、真田幸村(真田信繁)の兄、真田信之の居城「沼田城」があった場所としても有名だ。
帰りも渋川駅でしばし、といっても行きとは違って14分の停車。
ちょうど反対側のホームに特急草津がやってきた。新旧そろい踏みということで、記念に1枚。
そして17時13分、高崎駅に戻ってきたのであった。翌日に備え、高崎駅周辺のホテルに宿泊する。
これにて1日目は終了。素晴らしいSL旅であった。 2日目は「SLぐんまよこかわ」に乗車予定だ。
この記事の内容は2019年3月2日現在の情報です。
今回の旅の行程
【1日目】JR東京駅→JR高崎駅→JR渋川駅→JR水上駅→転車台広場→JR渋川駅→JR沼田駅→JR高崎駅