出身地トークが始まると、私は肩を小さく縮めて、できるだけ目立たないように努める。「ご出身は?」と、こちらに矛先が向かわないように。
これまで盛り上がっていた出身地トークが、「あ、東京なんです」と言った瞬間、(ああ、そうなんですね)という感じで終わる。誰もその先に会話を広げようとしてくれない感覚、東京出身の人なら味わったことがあるはずだ。
出身地に誇れるものがある人が、あるいは、二度と戻りたくないくらい出身地を嫌うことができる人が、心底うらやましい。
東京が誇れるものについて考えてみたい。出身地トークで推せるスポットを知りたい。東京といえば、最先端、テクノロジー……VR施設はどうだろう。施設数は、東京が一番ではないか。東京が誇る最新VR巡りをしてみよう。
まずはJR新宿駅から徒歩7分の「VR ZONE SHINJUKU」へ。最初に挑戦するのは「極限度胸試し 高所恐怖SHOW」。テレビでタレントが怖がりながら体験しているのを見たことがある。大げさに騒いでいるのだろう、と思っていた。私はVRのことを結構ナメていたのだ。映像が飛び出して立体的になるんでしょ、くらいの認識でいた。
VR映像が始まり、エレベーターが上昇する。目の前の景色がひゅんひゅんと下に動き、エレベーターの上昇音が流れる。ほどなくして扉が開き、板切れの上に立たされた。
一歩進むと、バリッ……ン……、ギシ……、と、板の割れそうな音が。周りから風を吹かせているのだろうか、少し風を感じる気がした。実際に歩くのが板切れの上なのも、リアリティを増す。聴覚や触覚でも、高所っぽさを感じさせてくるのだ。これは……すごいんじゃないか。想像していたものと全然違う。めちゃくちゃ怖い。少しでも話しかけられたら落ちそうだ……。
足裏から、嫌な汗がじわじわと出てくる。なお、体験中ずっと現実を忘れているかというとそうでもなく、顔や手に装着したVR器具の重みをうっすら感じる部分に現実感はある。なのに、高い所の恐怖感が、そのまま再現されているのだ。
「戻るときは振り返って歩いてください」と言われたが、「無理ですね」と即答した。地上200メートルの板の上で足を浮かせて、くるりと回転するなんて不可能である。それどころか、足を1ミリたりとも宙に浮かせることができない。ずりずりと足を引きずって動かし、帰りは後ずさりで戻ってきた。
ほかにも「極限度胸試し ハネチャリ」や「マリオカートアーケードグランプリVR」に挑戦したが「高所恐怖SHOW」とは感覚が大きく違っていた。
「マリオカート」と「ハネチャリ」は、「体全体を使ってゲームを行う」点に面白さがある。VRならではの臨場感があり、純粋にゲームとしてめちゃくちゃ楽しい。ただ、「高所恐怖SHOW」で感じた「本物感」のように、「マリオの世界の住人になった気分」になるわけではなかった。同じVRアトラクションでも、リアリティの感じ方にずいぶん差があるのだ。この違いは一体なんなんだろう?
もしかしたらVR中の感覚には、過去の経験が影響しているのかもしれない。広大な自然の中を空飛ぶ自転車に乗って移動する「ハネチャリ」は、墜落したり、岩に激突したりしても、あまり怖くなかったのだ。大自然を見る機会がないためか、映像にどうもファンタジー感があった。おそらく、「これは怖い状況なのだ」という回路が頭の中に存在していない。
同様に、VRのマリオカートで「マリオやクッパに甲羅を投げつけられて怖い!」ともならない。一方で、「高所恐怖SHOW」では、周囲に見える街並みが「いつも見ている東京の光景」そのものなのだ。ここから落ちたら死ぬ、と私はよく知っている。VRは、「現実でよく知っている世界」を舞台にしたときにこそ、真価を発揮するのだと思う。
※VR ZONE SHINJUKUは2019年3月31日で営業を終了しています。
VRといえばゲームのイメージが強いが、ちょっと毛色の違うVR施設にも寄ってみた。新宿駅からJR上野駅まで山手線で約30分、駅から徒歩約15分の場所にある「東京国立博物館」内の「TNM & TOPPAN ミュージアムシアター」へ。ここでもVRを取り入れているというのだ。
貴重な文化財をVR映像で鑑賞することで、肉眼ではわからない細かな点を見ることができたり、経年劣化で色褪せた作品をVRで修復して見せてもらえたりするのが、このシアターの最大のポイント。最新技術はアートの世界にも、新たな楽しみ方を提供してくれる。
※取材時の上演プログラムとなります。
最後は、再び山手線に約15分乗り、JR池袋駅から徒歩5分の「FIRST AIRLINES」へ行く。
ビルの8階へ上がり、扉を開けると、空港でよく聞くチャイム音とフライトアナウンスが。環境音の上からアナウンスを入れたものらしい。
機内の椅子は実際のファーストクラスで使われていたもので、席には「安全のしおり」まで置いてあった。
離陸前には、CAさんが酸素マスクと救命胴衣の使い方のデモンストレーションをしてくれる。
離陸時、実際の飛行機が飛び立つときのように、かすかに揺れを感じた。モニターに滑走路が映り、キーンというエンジン音とともにスピードが上がり、みるみるうちに上空へ。ビルの中にいるはずなのに、体がふわっと浮く感覚があった。
離陸するとVRタイムが始まる。この日の行き先はフランス。ルーブル美術館、凱旋門、エッフェル塔と観光名所を見て回る。街を歩く人々は誰もこちらに気づかないので、透明人間になったような気分だ。
観光のあとには機内食が出る。今回の行き先のフランスにちなんだ料理で、前菜、メイン、デザートと、ちょっとしたコース仕立てだ。
「FIRST AIRLINES」を出るころには、VR疲れでよろよろに。動いていないのに動いていると錯覚することで、「体力を消耗した」と、脳が勘違いでもしているのだろうか。
その日は、そのまま池袋のホテルに泊まった。むろん、東京に住んでいる私はわざわざ泊まる必要はないのだけれど、東京を少し、客観的に体験してみたかったのだ。
VRは、私たちの日常にある「当たり前」を壊してくれる技術だと思う。そんなことできるわけないという「当たり前」を、VRは当たり前じゃなくしてくれる。生きる上でも、当たり前なことを、当たり前じゃないと考え直すことは大事だ。当たり前だと思うのはつまり、無関心ということだ。私は驚くほど東京に無関心だったのだと思う。出身地に対して、好きも嫌いも考えたことすらなかった。そりゃあ出身地トークなんてできるわけない。
当たり前にいつでも行ける東京の施設を、あえてひとり旅のように移動してみて、生まれて初めて東京のことを「当たり前じゃない目線」で見ることができた気がした。
掲載情報は2019年12月17日更新時のものです。現在の内容と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
今回の旅の行程
【1日目】JR新宿駅→VR ZONE SHINJUKU→JR上野駅→TNM & TOPPAN ミュージアムシアター→JR池袋駅→FIRST AIRLINES