今回の列車旅ポイント
八戸という場所がある。JR東京駅から東北新幹線「はやぶさ」で約2時間50分で着いてしまう、青森県の南東部にある街だ。農業、漁業、工業が盛んで、八戸港は1966(昭和41)年から1968(昭和43)年には水揚げ日本一を記録している。
そんな街に鮫町(さめまち)という場所があり、鮫駅にはサメの立体的な顔ハメが存在するそうだ。ということで、サメを持って鮫町の鮫駅に行って、サメと一緒にサメの顔ハメをしたいと思う。サメだらけだけど、サメ以外もあるのでご安心を。
びゅうたび編集部から八戸に行きませんか、というお誘いを受けた。まだ4月の春のうららかな光が降り注ぐ、爽やかな日だった。「行きます」と私は答え、この撮影が決まった。
ある日、私の家に「サメのぬいぐるみ」が送られてきた。サメと一緒に八戸市鮫町の鮫駅に行って欲しいとのこと。可愛いけれど、なかなかに迫力のある大きさだった。1メートルあるのだから。「邪魔じゃないか」と正直思った。
「ぬい撮り」というものが流行っている。様々な場所でぬいぐるみの写真を撮ることだそうだ。それをサメと八戸でやって欲しいとのこと。私は知らなかったのだけれど、世の中ではいろいろなものが流行っている。ということで、サメと一緒にこの旅は始まった。
到着した八戸は曇り空だった。八戸駅東口に隣接する「ユートリー」に行く。お土産屋やホテルなどがある施設だ。サメは大きい割に軽いけれど、かさばる。現状ではまだ「邪魔だな」という感情を捨てきれない。だって、まだ彼とは初対面に近いから。
ユートリーの1階メインホールに山車が展示してある。約300年の歴史と伝統を誇る国の重要無形民俗文化財になっている八戸三社大祭で使われる山車だ。今の山車は、電線などの整備に合わせて改良を重ね、昔の山車より大きなサイズになっているそう。
法被を着たサメを見て思った。「あれ、こいつ可愛い」って。恋愛漫画などでメガネを外した女性が可愛かったりするあれがいま起きている。こいつってこんなに可愛かったっけ、と思いながら、サメと一緒に八戸線に乗り込んだ。
八戸駅から鮫駅は八戸線で20分ほど。サメはただただ車窓を見ていた。
鮫駅には立体的と言えばいいのだろうか、サメのモニュメント的な顔ハメが置いてある。なぜ顔ハメなのかと言えば、口から顔を出せるからだ。ここでぜひサメと一緒に写真を撮りたい。鮫駅でサメの顔ハメでサメと一緒にサメに食べられている写真を撮るのだ。
この街がなぜ「鮫町」というのかは定かではない。沢がたくさんあり、それが訛り「サメ」になったという説もあれば、サメがたくさん獲れたからという説もある。地元の人に聞くと、なますにしてよくサメを食べていた、と言っていた。
その日の夜に偶然入ったスーパーの魚コーナーにはパックに入ったサメが売られていた。どの説が本当なのかはわからないけれど、サメが捕れたのは間違いないだろう。サメは日持ちするので山間地ではよくハレの日に食べられていたという。広島の三次市で食べたことあるけれど、美味しかった。
鮫駅の近くには、種差海岸遊覧バス「うみねこ号」が走っており、観光には便利だ。ただ今回はサメが大きくて、歩き回るには不便だったので、八戸駅に戻りレンタカーを借りた。サメもレンタカーがいいって言うからさ。
レンタカーを借りて蕪島に向かう。八戸駅からは30分ほどだ。蕪島はウミネコの繁殖地で1922(大正11)年には国の天然記念物に指定された。本来、断崖や孤島で繁殖するウミネコを、蕪島のように近くで見ることができるのは世界的にも珍しい。
蕪島は現在では岬の一部のようになっているけれど、その昔は陸から180メートルほど離れた小島だった。1942(昭和17)年に旧日本海軍が島を軍事施設とするため埋め立て工事が行われ、現在のような陸続きとなった。
ウミネコは2月頃からこの島にやってきて、8月から順次飛び立っていく。その数は3万とも4万とも言われている。日本武道館を軽く埋めてしまう数だ。ちなみに島にある神社は現在工事中だ。
※編集部注:工事は2020年に完了しました。
傘をさしているけれど、雨が降っているわけではない。ウミネコの糞に当たらないためだ。ミャアミャアと「うるさい」と叫びたくなるほどにウミネコがいるので、糞に当たる可能性があるのだ。蕪島休憩所では無料で傘を借りることができる。
サメに糞が当たらないようにと、ジャケットに包んでいたのだけれど、バッチリ糞が直撃した。「ミャアー!」とウミネコに負けないくらいの声をあげ、落ち込んでいたのだけれど、実は糞に当たると縁起がいいらしい。
蕪島の入り口付近に神符授与所があり、そこで糞が当たったと言えば、会運証明書とポストカードとお手拭きを無料でもらえるのだ。ウミネコは神の使いで、その運(糞)を授かった、ということになる。ちなみに例年400人から500人が運を授かるそうだ。
運を授かったので、昼ごはんと行こうと思う。蕪島から車で約5分の海席料理処「小舟渡(こふなと)」だ。海に面して建てられた立派な小屋のようなお食事処。立派な小屋というのが矛盾しているけれど、歴史を感じる懐かしい感じのお店なのだ。
海に面した席に座った。運を授かったからか、空はすっかり青空だ。磯らーめん(塩味)なども美味しいそうだけれど、刺身定食を頼んだ。ウニが食べたかったのだ。
豪華だ。ウニはいま私の目の前に広がる海で獲れたもの。獲れた場所を見ながら食事をするのは、贅沢な気分だ。サメには悪いけれど、私だけで幸せな時間を過ごした。
小舟渡から車で10分ほどの種差海岸へと向かう。天気は完全に回復して気持ちのよい空が広がっている。そして、海は青く、種差海岸にやってくると天然芝の緑も眩しい。これぞ平和、という景色が広がっている。ただこの日、波は高かったらしく、遊覧船は欠航していた。
古い写真を見るとここに馬が放牧されていたようだ。今は馬はいないけれど、ウミネコがちょうどいい数で飛んでいたり、カップルが仲睦まじく闊歩していたり、サメと一緒に写真を撮っている男性がいたりする。最後のは私だ。
海風が涼を生み出し心地よい。サメも楽しそうだ。サメと私の心も通い出している。ひとりでこの景色を見るより楽しい気がする。ぬいぐるみと一緒というのが、景色をより美しくしているのだ。
種差海岸から車で約25分、八戸の中心街・本八戸駅まで戻った。今日は本八戸駅の近くにホテルを取っている。ここから歩いて15分ほどの「みろく横丁」へ晩御飯に向かう。
みろく横丁は、新幹線八戸駅開業の際、おもてなしの目玉として始まった。また若手起業家を育てる意味合いもあり、3年ほどここの屋台で経営を勉強して、お金と人脈を作り起業することを目標としている。雰囲気があり、歩いているだけでも楽しい。
屋台なので決して広くはない。7人も座ればぎゅうぎゅうだ。宇八は肉と日本酒のお店で、地元である八戸酒造が造る「陸奥八仙」に肉を漬け込んだ宇八ステーキがおすすめだ。肉が柔らかくなり、香りもフルーティーになる。
値段もリーズナブルだ。宇八ステーキは1100円でアボカドの炙り焼きは550円。飲み物はビールではなく、陸奥八仙 ピンクラベルをお願いした。グラスで日本酒を飲むのがなかなかにおしゃれだ。あと、サメが食べる、みたいに主張しているけれど、もちろん私が食べる。
最高のひとときだった。日本酒が飲みやすい。ただ問題もある。私、実は最近お酒がダメなんです。好きなのだけれど、すぐに酔う。ということで、食べたらすぐにホテルに帰り眠った。八戸にはいろいろなお店があり、はしごして長い夜にすることも可能だけれど、私がダメだった。でも、美味しくて幸せだった。
早く寝たおかげで、次の日は早くに目が覚めた。ホテルを出て、陸奥湊駅近くにある「みなと食堂」に行く。朝6時からやっている海鮮丼が食べられるお店だ。本八戸駅からは車で15分ほど。
この店、人気のお店で私が入った7時前の時点で1組のお客さんがいて、注文を待っている間にもう5人やってきて、店内は満席となっていた。朝早く来てよかった。
一番人気の平目漬丼を頼んだ。地元、八戸で獲れる平目を秘伝のタレに漬け込みご飯の上に乗っけている。水揚げされた平目を低温で熟成しているのがポイント。熟成することでより美味しくなるのだ。
これが驚くほど美味しい。熟成により旨みが凝縮された平目に特製のタレが口の中に優しさを生み出している。卵で甘みが引き出されている。朝から食べられるか心配だったけれど、ペロリよ。こんなに幸せな朝食はここ数年なかった。早起きしてよかった。
ただ何か忘れているな、とは思っていた。早朝で寝ぼけていたのかもしれない。思い出した時は、平目漬丼と同じくらいの衝撃を受けた。そう、このお店ではずっと私はひとりだったのだ。昨日、種差海岸でひとりよりふたり的なことを言ったのに忘れていたのだ。
サメと一緒のこの旅の最後は縄文時代のロマンに触れようと思う。サメと一緒と言いながらすっかり忘れていたけれど、縄文ロマンは一緒に堪能する。是川縄文館には国宝になっている土偶があるのだ。みなと食堂からは車で20分ほど。私はサメを取りにホテルに戻ったけどね。
是川縄文館は、縄文時代の是川遺跡や風張1遺跡から出土したものが展示されている。雲形文様が描かれた土器や、女性を象った遮光器土偶など、装飾性のある道具がたくさん並んでいる。土偶は子孫繁栄や精霊の象徴と考えられている。
いくつもの土偶が展示されているけれど、1つの土偶だけ特別に展示されている。他の土偶と違い一部屋にその土偶しかないのだ。それは「合掌土偶」。1989年に竪穴式住居から発見され、2009年に国宝に指定された。
大きさは19.8センチメートル、幅14.2センチメートルで両足の付け根と膝などが割れており、アスファルトが認められる。当時の人が修復して大事に使っていたことがうかがえる。今は灰色だけれど、頭部などに赤く塗られた痕跡があり、全身が赤く彩色されていたと考えられている。
言葉を吞む美しさだった。サメも静かに合掌土偶を見つめていた。美しいのだ。それでいて体育座りのように見えることから愛着が湧く。私もこういう格好をしていたな、と思うのだ。サメにはこの格好は無理だけど。
施設内にある「これカフェ」でランチを取ることにした。縄文時代が好きということもあって、ゆっくり見てしまい、すっかりランチの時間だ。これカフェでは古代米を使った「縄文カレー」を食べることができる。
これがこの旅最後の食事だから、サメが食べたいと言っている気がする。気持ちはわかる。ルーから手作りのカレーなのだ。お米は古代米。そりゃ、食べたいじゃない。でもね、なのだ。君はサメで、ぬいぐるみ。私が美味しくいただいた。
野菜や山菜を使っており、これが非常に美味しい。サメに申し訳ないな、と思いながらひとりで堪能した。ぬいぐるみでも羨ましく感じてしまうのが、八戸の魅力なのだ。それだけではない。三脚も羨ましいと言っている気がした。そんな魅力だらけの八戸の旅だった。
今回、全ての施設に「サメのぬいぐるみと行きます」と事前に許可をもらっている。だって、大きいんだもん。1メートルくらいあるんだもん。その大きさが帰る頃には愛おしく感じられるようになっていた。それがぬいぐるみの魅力。なんかいい匂いもしたし。
掲載情報は2021年7月15日更新時のものです。現在の内容と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
みなと食堂
住所:青森県八戸市大字湊町字久保45-1
営業時間:6:00~15:00(ラストオーダー14:30)
定休日:日曜日
今回の旅の行程
【1日目】JR東京駅→JR八戸駅→鮫駅→蕪島→小舟渡→種差海岸→みろく横丁→ホテル (本八戸駅)
【2日目】本八戸駅→みなと食堂→是川縄文館→八戸駅→東京駅