今回の列車旅ポイント
富山県の黒部峡谷に、「黒部峡谷トロッコ電車」という列車がはしっている。黒部川水系における電源開発の資材運搬用として設営され、運営会社の変更などに伴って、その時勢に沿った使われ方をしてきた。今では観光客も乗ることができ、最高の開放感を味わうことができる。
私はどこかに出かけ写真を撮ったり、記事を書いたりする仕事をしているけれど、今年はほぼ家にいる。豊かな自然の中を走るトロッコ電車に乗って、その最高の開放感を味わいたいのだ。
ということで、JR東京駅から北陸新幹線に乗って、黒部峡谷の玄関口ともいえる宇奈月温泉を目指すことにした。秘境のように感じる黒部峡谷だけど、宇奈月温泉までは3時間くらいで到着してしまう。意外に近いのだ。
東京駅からJR黒部宇奈月温泉駅まで、北陸新幹線で約2時間半。
富山の黒部はその山々の険しさから、人が住むことを長年拒んできた。江戸時代は加賀藩に任命された監視役しか山に入ることが許されなかったが、大正時代になり、やっと黒部峡谷の開発が始まる。
大正8年に東洋アルミナム株式会社が設立され、黒部川水系の電源開発が始まった。アルミニウムを作るには大量の電気を必要とするため、水力発電が必要となったのだ。もっとも経済不況などで東洋アルミナム株式会社の電源開発は頓挫したのだけれど、日本電力株式会社が計画を引き継いだ。
黒部峡谷トロッコ電車は、宇奈月温泉が出発点だ。そして、宇奈月温泉も、電源開発に従事する人たちの休養地として、桃の樹林が広がる、当時は桃原(現宇奈月)と呼ばれた無人の地を開発したものだ。
黒部宇奈月温泉駅から富山地方鉄道の新黒部駅は徒歩3分ほど。新黒部駅から宇奈月温泉駅は各駅停車なら30分ほど、プラスで110円を払って乗る特急なら20分ほどで到着する。
宇奈月温泉駅から徒歩3分くらいで、黒部峡谷トロッコ電車の始発駅である黒部峡谷鉄道の宇奈月駅に到着する。宇奈月駅で、前日17時までに要予約の折詰弁当「若」を買う。
1日乗り放題きっぷもあるけれど、行程を鑑みて普通の切符を買った。客車は普通客車、リラックス客車、特別客車があり、今回は普通客車を選んだ。
風を感じたいじゃない。自然を隔てずに感じたいじゃない、という理由でのチョイスだ。私が今最も求めているのは開放感。宇奈月駅から欅平駅までの約20キロを約1時間20分かけて走る。スピードは遅いが、窓がなく、しかも崖を走っているので、スリルがある。テーマパークを走る列車のようなのだ。
途中にいくつかの駅があるけれど、観光客が降りることのできる駅は始発の宇奈月駅を入れて4つ。「宇奈月駅」、宇奈月温泉の源泉がある「黒薙駅」、万年雪がある「鐘釣駅」、そして終点の「欅平駅」。他にも6駅あるけれど、水力発電所などで働く人たち用の駅だ。
トロッコ電車内では解説の放送が流れている。車窓を過ぎるいくつかの水力発電所を眺めながら、その発電所の取水方式や、造られた年などの解説を聞き、深いV字峡を形成する大峡谷に鉄道を作ったことに感動した。ちなみに宇奈月駅から欅平駅まで黒部川を遡って行く時が「下り」となり、その逆が「上り」となる。ややこしいけれど、そうなのだ。解説の放送で言っていたから。
鐘釣駅から徒歩3分ほど、「黒部万年雪」が見られる「黒部万年雪展望台」がある。百貫山に降った雪が落ちて蓄積し、夏でも溶けずに残り、それを対岸から一望できるスポットだ。暑い夏になんて涼しげな風景なのだろう。開放感に涼しさがプラスされるなんて、最高ではないか。1着買うと2着目無料のスーツのような嬉しさ。黒部万年雪を見ながら、お弁当を食べようと思う。
今年は暖冬だったので雪が消えたそうだ。万年雪は万年ではないのだ。案内板では、黒部峡谷鉄道のマスコットキャラクターの「くろべえ(兄)」と「でんちゃー(弟)」が、明るく、雪が消えたことを教えてくれている。
ということで、20分ほど歩いて「鐘釣河原」に行く。宇奈月駅のフードコートで買った、富山の郷土料理がふんだんに使われた「折詰弁当・若」を食べる。
白エビの天ぷらやマス寿司など、富山の郷土料理がふんだんに入っている。食べると口の中が富山だらけ。品格のある美味しさだった。
再び鐘釣駅から約20分トロッコ電車に揺られ、美しき黒部川を眺め、緑に癒され、終点の欅平駅に到着した。ちなみに雪でトロッコ電車が休業になる時期は発電所で働く方は冬季歩道というものを歩く。トンネルみたいになっていて、宇奈月駅から欅平駅までを歩くと6時間もかかる。さらに、10キロ以上の荷物を持って歩くこともあるそうだ。
欅平駅から徒歩約7分の「人喰岩」へ向かう。
私はヘルメットを被った。ここに至る道の最初に「危ないんだぞーっ!」と看板があり、読んでみると「日本一深く険しい黒部峡谷のどん底〜〜安全を保障しているものではない〜〜ヘルメットを準備しているので自己判断で被ってください」とある。当然被った。問答無用で被った。
欅平周辺には他にも、特別名勝と特別天然記念物の両方に認定されている「猿飛峡」や、「河原展望台・足湯」がある。私が行った日は猿飛峡への道が通行止めで、河原展望台・足湯は行けたけど、足湯は営業時間が終わっていた(15時まで)。でも、展望台から黒部川第三発電所を見ることができたから満足だ。
部屋からトロッコ電車は見えるし、猿は見えるしで最高ではないか。ちなみに1978年のこの辺りのニホンザル調査では31群が確認されている。それはいいとして、とても静かだ。客室の窓は大きく開放感もある。そしてそれは、温泉施設もなのだ。広くて開放感だらけ。開放感を求めた時は黒部なのかもしれない。
源泉地・黒薙(くろなぎ)からひかれたお湯が私に幸せをもたらしてくれる。最高である。どのくらい最高かと言うと、1泊しかしていないのに、5回温泉に入ったくらい最高なのだ。溶けちゃうの。私の背負っているリュックは機材などで15キロあるのだけれど、この温泉に入れば、全ての疲れが溶けて出て行ってしまうの。
ぐっすりと眠り朝になった。残念ながら雨だったけれど、関係ない。
名残惜しいがチェックアウトして、宇奈月温泉の街を歩く。とてもコンパクトな街なので、歩いてだいたいのところに行けてしまう。まずは食べ歩きをしよう。
ホテルから徒歩約11分の「福多屋菓子舗」で一番人気の和菓子「おもかげ」、そこから徒歩2分ほどの「とうふ&スイーツのお店やまとや」で「手作りとうふプリン」を買った。
御狼堂近くの河川敷で食べる。和菓子「おもかげ」はこし餡を求肥で包み、紅白の薄種で包んだ一品。求肥好きとしてはたまらない。創業以来大人気の和菓子らしいけれど、納得だ。もっと買えばよかった。
「手作りとうふプリン」は、豆乳と牛乳のベストミックスを実現したものだ。食べてみると不思議、豆腐を感じるし、プリンも感じる。黒部は水が綺麗だから、美味しさに関係していると思う。だって、本当に美味しいんだもん。
その後、旧山彦橋と山彦遊歩道を散策。
散策後は宇奈月温泉駅にある「アルペンチーズケーキ」へ。2020年2月にオープンしたチーズケーキの専門店で、ここで食べられるのが「幻のアルペンチーズケーキ」だ。黒部産牛乳をふんだんに使っている限定品だ。
多くの食べ物に賞味期限があるけれど、幻のアルペンチーズケーキの賞味期限は「10分」。持ち帰りはできない。なぜなら10分だから。それ以上経つと溶けちゃうのだ。万年雪も溶けるし、温泉で私も溶けるし、チーズケーキも溶ける。身も心も溶かしてくれるのが宇奈月温泉なのだ。
食べてみると驚く。本当に口の中で溶けるのだ。ふわふわで冷たすぎるわけではないけれど、ソフトクリームみたい。溶けていく様が実に面白い。そして、濃厚。美味しくてあっという間になくなっていくのが惜しく感じるけれど、大事に食べると10分が過ぎるので、もたもたはしていられない。
大満足で黒部峡谷を後にし、東京へと帰った。テーマパークのようで本当に楽しかった。こんなに開放感があるのかと。もちろん心残り(主に万年雪)もあるので、後ろ髪引かれる気持ちもあるが、とりあえず宇奈月駅で買ったお土産「万年雪のかけら」でそれをまぎらわせようと思う。
掲載情報は2022年2月28日更新時のものです。現在の内容と異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
今回の旅の行程
【1日目】JR東京駅→JR黒部宇奈月温泉駅→富山地方鉄道 新黒部駅→宇奈月温泉駅→黒部峡谷鉄道 宇奈月駅→鐘釣駅→黒部万年雪展望台→鐘釣河原→欅平駅→人喰岩→欅平駅→宇奈月駅→ホテル黒部
【2日目】ホテル黒部→福多屋菓子舗→やまとや→旧山彦橋→山彦遊歩道→アルペンチーズケーキ→富山地方鉄道 宇奈月温泉駅→新黒部駅→JR黒部宇奈月温泉駅→JR東京駅