盛岡&花巻で宮沢賢治の世界にどっぷり浸る!イーハトーブの旅へ
「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」
これは童話集『注文の多い料理店』に附された序文の冒頭。一読しただけで、うだるような夏の暑さや日々のせわしなさが、すっと遠のくような気がしませんか?
宮沢賢治作品が多くの人びとを惹きつけてやまない理由のひとつ。それは、彼の言葉が、心に映る世界を様変わりさせてくれるところにあるのでしょう。
今回は、賢治がこよなく愛した故郷・花巻と盛岡を中心に、彼が夢見たイーハトーブ(※賢治の心象世界の中にある理想郷を指す言葉)をめぐる旅をご紹介いたします。
賢治の心の風景をたどる、花巻そぞろ歩き
JR東京駅から東北新幹線「はやぶさ」に揺られること2時間40分。JR新花巻駅で降りると、さっそく賑やかで楽しげなモニュメントがお出迎え。そう、これは人形劇でも人気の高い童話『セロ弾きのゴーシュ』を題材として制作されたもの。一生懸命だけれど下手くそなセロ(チェロ)弾き・ゴーシュが、三毛猫やかっこう、狸の子、野ねずみの母子に順々に頼まれて演奏を重ねるうち、音楽家としても人間としても成長していく――大のチェロ好きとして知られる賢治ですが、実はその演奏は、お世辞にもうまいとはいえない代物だったそう。『ゴーシュ』の物語には、賢治自身の経験が反映されているのかもしれません。
新花巻に来たら一度は入ってみたいのが「Wildcat House山猫軒」。洋館風の造りといい、入口のドアの横にあつらえられた塩とクリームの壺といい、まさしく『注文の多い料理店』! とはいえ、もちろんここは客人を食べる家ではなく、あくまで食べさせてくれるレストラン。安心して、どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。
今回いただいたのは1番人気という「イーハトーブ定食」1,600円。肉厚なのにしっかり味の染みた「白金豚」の角煮が人気の理由のひとつ。実は「白金豚」の呼称は、賢治の童話『フランドン農学校の豚』の中の一節に由来しています。ほかにも「山猫すいとんセット」1,200円や「鹿踊りそば」830円など、賢治作品にちなんだ料理の数々に、メニューを見ているだけでも楽しい気分に。
山猫軒の向かいにあるのが「宮沢賢治記念館」。待ち受けるのは……なにやらサイエンス・ファンタジー感あふれる空間! 2015年に大幅リニューアルを遂げた館内は、貴重な資料が見られるのはもちろん、文字だけでなく五感によるイメージの力を駆使した展示になっています。
写真ではちょっとわかりづらいのですが、中央のこの小さな地球、実は立体映像ホログラム。各パネルの前にはそれぞれ異なるモチーフのホログラムが用意されていて、手で触れると、正面にある大きなスクリーンから映像が流れる仕組み。賢治が傾倒した「農」「宗教」「宙(そら)」「芸術」「科学」の5つのジャンルの世界を、感覚的に学ぶことができるんです。
ちなみに記念館のある一帯は「賢治の森」と呼ばれ、賢治が設計した日時計を再現した花壇のある広場をはじめ、かわいらしいフクロウのオブジェや作品をモチーフにしたタイル画があちこちでお出迎え。そぞろ歩きにうってつけのスポットです。
メルヘンチックな山道を下った先にあるのは「宮沢賢治イーハトーブ館」。いうなれば、ここは賢治が夢見た世界(=イーハトーブ)の案内所。誰でも利用できる図書室には、賢治にまつわるおびただしい数の論文や資料がわかりやすくデータベース化されているほか、200名を収容できるホールでは賢治のアニメ作品の無料上映等も行われています。
さらにファンタジックな世界に浸りたい方には、イーハトーブ館から道路を挟んではす向かいにある「宮沢賢治童話村」がおすすめ。賢治の童話の世界観を表現した「賢治の学校」や、作品に登場する動物や植物などについて楽しみながら学ぶことのできるログハウス風の「賢治の教室」など、子供から大人までわくわくできるような、知的好奇心をくすぐる施設です。ちなみに7/14~10/8の毎週金曜日から日曜日18時以降は敷地内が実に幻想的にライトアップされるので、要チェックですよ(※2017年7月現在の予定)。
こうした「感じる」施設の数々は、農学校に勤めていた時代に「教科書は開かなくていい」と生徒に教えたといわれている賢治の授業のあり方を引き継いでいるのかもしれません。
例えば、土壌学の授業では、地球のあらましを詩的な言葉で語り上げる。肥料学の講義では、たった一枚の細胞絵図から生命の記憶を解きほぐし、美しい旋律に乗せて聞き手の心に染み込ませる――芥川賞作家・畑山博の名著『教師 宮沢賢治のしごと』には、すこぶるユニークで輝きに満ちた授業の様子がいきいきと刻みつけられているので、ぜひご一読を。
さて、初日の仕上げに向かった先は「イギリス海岸」。ここは花巻駅からタクシーで5分、東へ2kmほど進んだ場所にある北上川の川岸から見える景色。渇水すると、イギリスのドーバー海峡に面した白亜の海岸を連想させる泥岩層が現れることにちなみ、賢治が名付けた景勝地なのですが……ダム整備による河川管理が進んだ現在はこのとおり。ものすごく水位が下がる時期にだけ、当時の名残がうかがえる程度だそう。とはいえ、ガッカリするべからず! 冷害や飢謹に苦しむ人びとの生活が少しでも改善されることを切実に願った賢治にとって、これはきっと良いこと(の、はず)。
ちょうどJR花巻駅に向かう車内で、タクシーの運転手さんがこんな話をしてくれました。「今の若い子らはどうかわからないけど、私の周りにいるような年頃の花巻の人間は『賢治先生』って呼ぶんですよ」――無料で肥料計算の相談に乗り、新しい農耕技術の啓蒙に努めるなど、故郷のために懸命に尽くした宮沢賢治。今なお敬愛されるその姿に思いをはせたところで、1日目の行程は終わりです。JR東北本線でJR盛岡駅へと移動して宿泊します。
2日目は盛岡・『注文の多い料理店』出版の地へ!
舞台は花巻から盛岡へ。ここには、賢治の生前に出版された唯一の童話集である『注文の多い料理店』を世に送り出した「光原社」があります。
創業者の及川四郎氏は盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)の卒業生で、賢治とは先輩と後輩の関係。その社名も、出版の際のやりとりを通じて、賢治がつけたものです。
その後、光原社は、出版から少しずつ業態を移行。現在は自社の工房で製造する漆器や全国の焼物などを扱う本店と、岩手や東北地方の物産を紹介する「モーリオ」、そして作品の草稿やメモをはじめ宮沢賢治に関する貴重な資料を展示した「マヂエル館」(入場無料)など、複数の建物が連なる複合施設として観光客からも人気を集めています。
中でも必ず訪れたいのが、併設の「可否館」。木漏れ日を浴びるドアの向こうは、まさしく童話の中に出てくるカフェのたたずまいそのもの。丁寧に使い込まれてきたことがうかがえる家具や調度品の数々が、つややかで柔らかい美しさと共に、居心地のよさを演出しています。
こんなテーブルで読書できるのは最高の贅沢。それこそ賢治の童話はもちろん、ちょっと個性的なものを選びたい方には、井上ひさしの傑作戯曲『イーハトーボの劇列車』(新潮社)なんかもおすすめです。
「小学六年生のときに、『注文の多い料理店』や『どんぐりと山猫』を読んでいらいずーっと賢治に狂い続けてきた」著者が、共感も批判も併せた思いの丈をすべて注ぎ込んで描いた新たな宮沢賢治像。鮮やかな引用・転用のオンパレードに、賢治作品のファンならニヤリとさせられるはず。
光原社のある商店街は「いーはとーぶアベニュー材木町」と呼ばれています。通りには賢治にちなんだ6つのモニュメントに加え、この町における彼の足跡を示す案内板があちこちに点在しているので、興味のある方はご覧あれ。
そして、読書好きな方にはぜひ立ち寄ってもらいたい隠れた名所が、盛岡駅1Fにある「さわや書店 フェザン店」。オリジナリティ溢れる棚づくりとPOPの数々からもうかがえるように、こちらには本と郷土に対する愛がぱんぱんに詰まっています。
ちなみに店長が今回の旅に合わせておすすめしてくれたのが、今野勉『宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人』(新潮社)。賢治に対する一般的なイメージを覆す、ドラマティックなドキュメンタリーです。
旅から得られるもの。それは、私たちが本の世界から得ているものと、実は似通っているのかもしれません。
冒頭でも引用した『注文の多い料理店』の序文は、次のような言葉で締めくくられています。
「わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません」
この言葉といっしょに、あなただけの心の栄養を探す旅に出かけてみてください。
この記事の内容は2019年7月9日現在の情報です。
今回の旅の行程
【1日目】JR東京駅→JR新花巻駅→Wildcat House山猫軒→宮沢賢治記念館→宮沢賢治イーハトーブ館→宮沢賢治童話村→イギリス海岸→JR花巻駅→JR盛岡駅
【2日目】光原社→いーはとーぶアベニュー材木町→さわや書店 フェザン店→JR盛岡駅→JR東京駅
岩手・盛岡JR+宿泊 ユニゾインエクスプレス盛岡
1泊2日/東京駅⇒新花巻駅・盛岡駅⇒東京駅
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