宮沢賢治の世界にどっぷり浸る!花巻&盛岡イーハトーブの旅 東北

盛岡&花巻で宮沢賢治の世界にどっぷり浸る!イーハトーブの旅へ

2017.07.20 東北岩手
written by

「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」
これは童話集『注文の多い料理店』に附された序文の冒頭。一読しただけで、うだるような夏の暑さや日々のせわしなさが、すっと遠のくような気がしませんか?

宮沢賢治作品が多くの人びとを惹きつけてやまない理由のひとつ。それは、彼の言葉が、心に映る世界を様変わりさせてくれるところにあるのでしょう。
今回は、賢治がこよなく愛した故郷・花巻と盛岡を中心に、彼が夢見たイーハトーブ(※賢治の心象世界の中にある理想郷を指す言葉)をめぐる旅をご紹介いたします。

賢治の心の風景をたどる、花巻そぞろ歩き

新花巻駅の、銀河鉄道バージョンの顔出しパネル

正面玄関(西口)の正面にあるモニュメント。近づくと、センサーで音楽が流れる

『セロ弾きのゴーシュ』モニュメント

JR東京駅から東北新幹線「はやぶさ」に揺られること2時間40分。JR新花巻駅で降りると、さっそく賑やかで楽しげなモニュメントがお出迎え。そう、これは人形劇でも人気の高い童話『セロ弾きのゴーシュ』を題材として制作されたもの。一生懸命だけれど下手くそなセロ(チェロ)弾き・ゴーシュが、三毛猫やかっこう、狸の子、野ねずみの母子に順々に頼まれて演奏を重ねるうち、音楽家としても人間としても成長していく――大のチェロ好きとして知られる賢治ですが、実はその演奏は、お世辞にもうまいとはいえない代物だったそう。『ゴーシュ』の物語には、賢治自身の経験が反映されているのかもしれません。

山猫軒全景

塩とクリームのダミー、『注文の多い料理店』文庫

傍らには「壺の中のクリームを顔や手足にすっかり塗ってください」「どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください」の注意書きが

新花巻に来たら一度は入ってみたいのが「Wildcat House山猫軒」。洋館風の造りといい、入口のドアの横にあつらえられた塩とクリームの壺といい、まさしく『注文の多い料理店』! とはいえ、もちろんここは客人を食べる家ではなく、あくまで食べさせてくれるレストラン。安心して、どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。

山猫文庫

料理が来るまでの待ち時間にどうぞ

イーハトーブ定食

岩手の郷土料理・すいとんに加え、白金豚の角煮、季節の天ぷら三点盛りなど、かなり食べ応えあり

今回いただいたのは1番人気という「イーハトーブ定食」1,600円。肉厚なのにしっかり味の染みた「白金豚」の角煮が人気の理由のひとつ。実は「白金豚」の呼称は、賢治の童話『フランドン農学校の豚』の中の一節に由来しています。ほかにも「山猫すいとんセット」1,200円や「鹿踊りそば」830円など、賢治作品にちなんだ料理の数々に、メニューを見ているだけでも楽しい気分に。

宮沢賢治記念館内観

山猫軒の向かいにあるのが「宮沢賢治記念館」。待ち受けるのは……なにやらサイエンス・ファンタジー感あふれる空間! 2015年に大幅リニューアルを遂げた館内は、貴重な資料が見られるのはもちろん、文字だけでなく五感によるイメージの力を駆使した展示になっています。

「ふれてみよう」の立体映像ホログラム

写真ではちょっとわかりづらいのですが、中央のこの小さな地球、実は立体映像ホログラム。各パネルの前にはそれぞれ異なるモチーフのホログラムが用意されていて、手で触れると、正面にある大きなスクリーンから映像が流れる仕組み。賢治が傾倒した「農」「宗教」「宙(そら)」「芸術」「科学」の5つのジャンルの世界を、感覚的に学ぶことができるんです。

鉱物の展示

賢治作品といえば、きらめく鉱物の数々も魅力のひとつ。整然と並ぶ様子は、憧れのラボのよう

『春と修羅』『注文の多い料理店』の展示

『春と修羅』『注文の多い料理店』の初版本(復刻版)。賢治の生前に出版された本はこの2冊だけ

チェロ

実際に賢治が愛用していたチェロも展示

ちなみに記念館のある一帯は「賢治の森」と呼ばれ、賢治が設計した日時計を再現した花壇のある広場をはじめ、かわいらしいフクロウのオブジェや作品をモチーフにしたタイル画があちこちでお出迎え。そぞろ歩きにうってつけのスポットです。

日時計花壇

フクロウの電灯、もしくは防火水そうの看板

 

イーハトーブ館入口

スタイリッシュな造りのイーハトーブ館。水面に映る青空に心を洗われる

図書室

本棚

関連書籍の販売も。圧巻の品揃え

メルヘンチックな山道を下った先にあるのは「宮沢賢治イーハトーブ館」。いうなれば、ここは賢治が夢見た世界(=イーハトーブ)の案内所。誰でも利用できる図書室には、賢治にまつわるおびただしい数の論文や資料がわかりやすくデータベース化されているほか、200名を収容できるホールでは賢治のアニメ作品の無料上映等も行われています。

童話村入り口

『銀河鉄道の夜』に登場する旅の始まりの駅、銀河ステーションを模した入り口

「銀河トレイン」旧車両展示物

「白鳥の停車場」の看板

売店の看板もこのとおり

「賢治の学校」(白い空間に木のオブジェ)

椅子に座ると、向かい側の壁の本棚に賢治の童話の風景が映し出される

「動物の教室」

「賢治の教室」のひとつ、いろんな鳴き声が響く「動物の教室」。入り口から続く動物たちの足跡がかわいい

さらにファンタジックな世界に浸りたい方には、イーハトーブ館から道路を挟んではす向かいにある「宮沢賢治童話村」がおすすめ。賢治の童話の世界観を表現した「賢治の学校」や、作品に登場する動物や植物などについて楽しみながら学ぶことのできるログハウス風の「賢治の教室」など、子供から大人までわくわくできるような、知的好奇心をくすぐる施設です。ちなみに7/14~10/8の毎週金曜日から日曜日18時以降は敷地内が実に幻想的にライトアップされるので、要チェックですよ(※2017年7月現在の予定)。

畑山博『教師 宮沢賢治のしごと』(小学館文庫)

こうした「感じる」施設の数々は、農学校に勤めていた時代に「教科書は開かなくていい」と生徒に教えたといわれている賢治の授業のあり方を引き継いでいるのかもしれません。
例えば、土壌学の授業では、地球のあらましを詩的な言葉で語り上げる。肥料学の講義では、たった一枚の細胞絵図から生命の記憶を解きほぐし、美しい旋律に乗せて聞き手の心に染み込ませる――芥川賞作家・畑山博の名著『教師 宮沢賢治のしごと』には、すこぶるユニークで輝きに満ちた授業の様子がいきいきと刻みつけられているので、ぜひご一読を。

イギリス海岸(現在)

のどかな光景は、それこそ読書にぴったりでしょう

当時のイギリス海岸と『イギリス海岸』の原稿(宮沢賢治記念館所蔵)

さて、初日の仕上げに向かった先は「イギリス海岸」。ここは花巻駅からタクシーで5分、東へ2kmほど進んだ場所にある北上川の川岸から見える景色。渇水すると、イギリスのドーバー海峡に面した白亜の海岸を連想させる泥岩層が現れることにちなみ、賢治が名付けた景勝地なのですが……ダム整備による河川管理が進んだ現在はこのとおり。ものすごく水位が下がる時期にだけ、当時の名残がうかがえる程度だそう。とはいえ、ガッカリするべからず! 冷害や飢謹に苦しむ人びとの生活が少しでも改善されることを切実に願った賢治にとって、これはきっと良いこと(の、はず)。

タクシーの車窓から見える風景

ちょうどJR花巻駅に向かう車内で、タクシーの運転手さんがこんな話をしてくれました。「今の若い子らはどうかわからないけど、私の周りにいるような年頃の花巻の人間は『賢治先生』って呼ぶんですよ」――無料で肥料計算の相談に乗り、新しい農耕技術の啓蒙に努めるなど、故郷のために懸命に尽くした宮沢賢治。今なお敬愛されるその姿に思いをはせたところで、1日目の行程は終わりです。JR東北本線でJR盛岡駅へと移動して宿泊します。

2日目は盛岡・『注文の多い料理店』出版の地へ!

光原社外観

「宮沢賢治 イーハトーヴ童話 注文の多い料理店 出版の地」の碑

宮沢賢治の肖像の碑

舞台は花巻から盛岡へ。ここには、賢治の生前に出版された唯一の童話集である『注文の多い料理店』を世に送り出した「光原社」があります。
創業者の及川四郎氏は盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)の卒業生で、賢治とは先輩と後輩の関係。その社名も、出版の際のやりとりを通じて、賢治がつけたものです。

光原社中庭

童話の世界に迷い込んだかのような、フォークロアな空間

世界の民芸品を取り扱う「カムパネラ」

原稿

マヂエル館内に展示された『銀河鉄道の夜』の草稿。反故した原稿の裏に書いてある

その後、光原社は、出版から少しずつ業態を移行。現在は自社の工房で製造する漆器や全国の焼物などを扱う本店と、岩手や東北地方の物産を紹介する「モーリオ」、そして作品の草稿やメモをはじめ宮沢賢治に関する貴重な資料を展示した「マヂエル館」(入場無料)など、複数の建物が連なる複合施設として観光客からも人気を集めています。

可否館外観

可否館内観

可否館内観

磨き込まれた窓から見渡せる中庭の景色が美しい

中でも必ず訪れたいのが、併設の「可否館」。木漏れ日を浴びるドアの向こうは、まさしく童話の中に出てくるカフェのたたずまいそのもの。丁寧に使い込まれてきたことがうかがえる家具や調度品の数々が、つややかで柔らかい美しさと共に、居心地のよさを演出しています。

可否館内観

コーヒー、井上ひさし『イーハトーボの劇列車』

こんなテーブルで読書できるのは最高の贅沢。それこそ賢治の童話はもちろん、ちょっと個性的なものを選びたい方には、井上ひさしの傑作戯曲『イーハトーボの劇列車』(新潮社)なんかもおすすめです。
「小学六年生のときに、『注文の多い料理店』や『どんぐりと山猫』を読んでいらいずーっと賢治に狂い続けてきた」著者が、共感も批判も併せた思いの丈をすべて注ぎ込んで描いた新たな宮沢賢治像。鮮やかな引用・転用のオンパレードに、賢治作品のファンならニヤリとさせられるはず。

賢治像 東山堂支店の看板

光原社のある商店街は「いーはとーぶアベニュー材木町」と呼ばれています。通りには賢治にちなんだ6つのモニュメントに加え、この町における彼の足跡を示す案内板があちこちに点在しているので、興味のある方はご覧あれ。

さわや書店入り口

スタッフによる手書きの推薦文をびっしり書き込んだカバーでくるんだ状態で売られている「文庫X」

さわや書店店内

おびただしい数のPOPで埋め尽くされているさまは壮観。すべてスタッフの手作り

今野勉『宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人』

そして、読書好きな方にはぜひ立ち寄ってもらいたい隠れた名所が、盛岡駅1Fにある「さわや書店 フェザン店」。オリジナリティ溢れる棚づくりとPOPの数々からもうかがえるように、こちらには本と郷土に対する愛がぱんぱんに詰まっています。
ちなみに店長が今回の旅に合わせておすすめしてくれたのが、今野勉『宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人』(新潮社)。賢治に対する一般的なイメージを覆す、ドラマティックなドキュメンタリーです。

旅から得られるもの。それは、私たちが本の世界から得ているものと、実は似通っているのかもしれません。
冒頭でも引用した『注文の多い料理店』の序文は、次のような言葉で締めくくられています。
「わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません」
この言葉といっしょに、あなただけの心の栄養を探す旅に出かけてみてください。

この記事の内容は2019年7月9日現在の情報です。

 

今回の旅の行程

【1日目】JR東京駅→JR新花巻駅→Wildcat House山猫軒→宮沢賢治記念館→宮沢賢治イーハトーブ館→宮沢賢治童話村→イギリス海岸→JR花巻駅→JR盛岡駅

【2日目】光原社→いーはとーぶアベニュー材木町→さわや書店 フェザン店→JR盛岡駅→JR東京駅

びゅうたび行くなら!列車と宿がセットでお得なJR東日本びゅうダイナミックレールパック

岩手・盛岡JR+宿泊 ユニゾインエクスプレス盛岡

1泊2日/東京駅⇒新花巻駅・盛岡駅⇒東京駅

※商品が0件の場合は検索条件を変更いただき、再検索をお願いします。

この記事をクリップする

この記事を書いた人

倉本さおり

ライター、書評家。新聞、週刊誌、文芸誌等にて書評、インタビュー、コラムなどを執筆。「週刊金曜日」書評委員、「小説トリッパー」クロスレビュー等を担当のほか、「週刊新潮」誌上にて「ベストセラー街道をゆく!」連載中。共著に『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』(立東舎)
Twitter:https://twitter.com/kuramotosaori

このライターの記事一覧へ

東北の旅

読書の旅

アンケート企画

【アンケート結果発表】びゅうたび会員が選ぶ「もう一度飲みに行きたいご当地のお酒」

「もう一度飲みに行きたいご当地のお酒」のアンケート結果から、旅先でお酒を楽しんでいるびゅうたび会員の「酒旅」事情を、素敵な思い出とともに紹介します。

記事を読む

旬の旅

春は桜、夏は高原、秋は紅葉、冬はスキー……
今行きたい、季節ならではの旅の情報が満載です。

みんなの#びゅうたび

読者の皆さんが撮影した「とっておきの一枚」を集めました。
旅先で見つけたあなただけの写真を「#びゅうたび」でぜひ投稿してください!

みんなの投稿を見る

旅をして、
私をバージョンアップしよう

びゅうたびは、自由でお得な列車旅によって、
自分らしい旅をしたい人をエンパワーします。

びゅうたびについて
びゅうたび行くなら!列車と宿がセットでお得なJR東日本びゅうダイナミックレールパック

会員登録(無料)すると
記事を11件以上クリップすることができます